第37話 用務員トイレ異常発生
東京ダンジョン管理局・地下用務員トイレ。
カイ・シノハラは黙々と便器を磨いていた。
「……尿石、再付着」
モップで床を拭き、雑巾で陶器を磨く。
いつも通りの清掃作業。
その瞬間だった。
空間が、軋んだ。
【SYSTEM LOG】
【Sanitation Area : Corrupted】
【Local Bug Detected】
「!?……バグですか」
便器の表面に、細かいノイズが走る。
排水口が歪み、床タイルが不自然にズレ始める。
次の瞬間。
背後から風を切る音。
バシュッ。
「えっ!?」
突然、何かがカイの背中に当たった。
正確には――
蹴り飛ばされた“たわし”だった。
勢いそのまま、カイの身体が前につんのめる。
「――っ!」
顔面から、便器にダイブ。
ゴン。
【SYSTEM LOG】
【Cleaner Down : Toilet Impact】
「……わて、ナイスシュートやな」
関西支部のナカニシ・コウイチが立っていた。
「戻ってきたで〜」
同時に、入口からリサ・カミシロが駆け込む。
「カイ!――」
そして、光景を見た。
便器に顔を突っ込んだカイ。
床に転がるたわし。
笑っているナカニシ。
リサは一瞬、完全に静止。
次の瞬間。
「……私は何も見てない……にゃん」
くるっと踵を返し、そのまま出て行った。
ナカニシは腹を抱えて笑う。
「アホくさっ! 笑わしてもろたで〜」
それでも一応、カイを引き剥がそうとする。
「ほらほら、起きぃ」
ぐいっ。
……取れた。
正確には。
便器ごと。
【SYSTEM LOG】
【Fixture Detached】
カイの顔に、便器がくっついたまま外れていた。
「……」
沈黙。
カイは便器を顔につけたまま、淡々と呟く。
「設備ごと、剥離しました」
ナカニシが目を丸くする。
「なんでそうなんねん!」
数秒後。
リサが戻ってきて、ため息。
「……ほんと、最低の現場ね」
薬品でバグ核を溶かし、床の歪みを修正。
モップで座標を整え、便器を元に戻す。
【SYSTEM LOG】
【Sanitation Bug : Cleared】
数時間後。
街では奇妙な噂が流れ始めていた。
――顔が便器の清掃員を見た。
――トイレから現れた怪人。
――その名も「ベンキマン」。
カイはいつも通り掃除機を背負う。
「水回りは……放置すると厄介ですね」
ナカニシは肩をすくめる。
「ほな、さいなら」
リサは顔を赤くしてそっぽを向く。
「今日のことは水に流しなさい」
小さく付け足す。
「……便器だけに」
【SYSTEM LOG】
【Cleaning Complete】
掃除は、終わった。




