第31話 世界の解像度
最初の異変は、輪郭だった。
東京ダンジョン・中層。
モンスターの身体が、ガクガクと震え始める。
角ばった影。
引き延ばされた関節。
表面が、紙のように剥がれ落ちていく。
「……なんだこれ」
探索者の一人が息を呑む。
モンスターは“壊れて”いた。
【SYSTEM LOG】
【Polygon Collapse:Detected】
次の瞬間。
周囲の壁が荒れ、
床の質感が消え、
遠くの景色が、粗いブロック状に崩れ始める。
「視界が……ザラつく……」
人の輪郭まで、揺らぎ出した。
「……まずい」
カイ・シノハラは静かに状況を見回す。
「ポリゴン崩壊です」
「現実と非現実の境界が、溶けています」
世界そのものが、 低解像度へと落ち込んでいた。
遠くで、誰かの腕が“点”になって消えた。
「人が……消えてる!?」
【SYSTEM LOG】
【World Resolution:Degrading】
「このままだと」
カイはバケツを持ち上げる。
「存在データが間引かれます」
リサが舌打ちした。
「冗談じゃないわね」
「カイ、早く」
「はい」
カイは床に浄化水を撒いた。
水面が広がり、
崩れた空間を映し出す。
ギザギザだった世界が、
水の中では滑らかだった。
「浄化水は……」
カイはモップを水に浸す。
「アンチエイリアスとして使えます」
モップを振る。
水が空間に飛び散り、
崩壊したポリゴンに触れた瞬間――
世界が、なめらかに繋がり始めた。
壁の輪郭が戻る。
床の質感が復元される。
人の身体が、正しい形を取り戻す。
【SYSTEM LOG】
【Polygon Repair:In Progress】
モンスターは完全に形を失い、
ただのノイズとなって消えた。
数秒後。
【SYSTEM LOG】
【World Resolution:Stabilized】
探索者たちは、呆然と立ち尽くしていた。
「……戻った」 「世界が……ちゃんと見える」
リサが腕を組む。
「ふん。画質悪すぎ」
カイは水を回収しながら、
自分の手を見つめていた。
ほんの一瞬。
世界の“細かさ”が、
自分の意志に反応した気がした。
「……?」
解像度。
空気の密度。
距離感。
それらが、
わずかに“触れる感覚”として残っている。
【SYSTEM LOG】
【New Permission Flag:Partial Access】
カイは、静かに息を吐いた。
「……なるほど」
リサが睨む。
「何か掴んだ顔してるわね」
「いえ」
カイは首を振る。
「ただ……」
床を見る。
「世界も、汚れるんだなと」
リサは肩をすくめた。
「だったら掃除するだけでしょ」
「いつも通りよ」
カイは小さく頷いた。
清掃――完了。
世界は再び、高解像度になった。
そしてカイはまだ知らない。
自分が今、
世界の画質に手を伸ばし始めていることを。




