第30話 最強の迷路
それは、最初からおかしかった。
東京ダンジョン・上層。
探索者たちは、同じ角を何度も曲がっていることに気づいた。
「……さっき、ここ通ったよな?」 「いや、違う。こっちは左に崩れた壁が――」
壁は、ない。
地図を確認する者、
魔法で空間を測る者、
スキルを使って“出口”を探す者。
だが、結果は同じだった。
「反応が……消える」 「地図が、書き換わってる……?」
迷路は、静かに更新され続けていた。
【SYSTEM LOG】
【Maze Algorithm:Active】
【Solution:Undefined】
「……最強の迷路、ですか」
少し離れた位置で、
カイ・シノハラは床を見下ろしていた。
「構造じゃありませんね」 「“正解”そのものが、存在しない」
探索者たちは、疲弊していく。
「くそ……出口はどこだ」 「もう何時間だ……?」
壁は変わらない。
通路も同じ。
だが、確実に進んでいない。
「この迷路……」
カイはモップを取り出した。
「汚れています」
探索者の一人が、苛立った声を上げる。
「こんな状況で掃除か!?」 「今は出口を――」
「出口は、最初からあります」
カイは静かに言った。
「ただ……見えないだけです」
モップを水で湿らせ、
床を、ゆっくりと拭き始める。
ぎぃ……と音を立てて、
埃と足跡が消えていく。
すると。
床に、微かな光の線が浮かび上がった。
「……え?」
それは、壁ではない。
地図でもない。
床に残された進行ログだった。
【SYSTEM LOG】
【Reference Path:Detected】
「この迷路は、選択肢を与えていません」
カイは、線を指さす。
「常に、正しい道は一つだけ」 「それを……」
もう一度、モップを動かす。
「汚れで隠しているだけです」
床一面が、拭き清められていく。
すると、
一本道が、はっきりと浮かび上がった。
「……道だ」 「これ……本当に一本しかない」
探索者たちは、息を呑む。
「地図じゃなくて……」 「床を見ろってことか……」
【SYSTEM LOG】
【Maze Algorithm:Resolved】
道の先で、壁が静かに消えた。
外気が、流れ込む。
「出……口……」
探索者たちは、力なく座り込んだ。
「助かった……」 「ありがとう、清掃員さん」
カイはモップを絞り、肩に担ぐ。
「迷路は、複雑だから難しいわけじゃありません」
探索者たちを見る。
「汚れで見えなくなっているだけです」
誰も、反論できなかった。
清掃――完了。
迷路は、
最初から“道”だった。




