第2話 清掃員カイの朝
ピピピピ――。
けたたましい電子音に、カイ・シノハラは薄く目を開けた。
午前六時。安物の目覚まし時計が、今日もきっちり仕事をしている。
「……ん」
手を伸ばして音を止め、天井を見上げる。
シミの浮いた白い天井。風呂なし六畳一間。見慣れた朝の風景だ。
体を起こすと、髪が妙な方向へ跳ねているのが分かった。
寝癖だ。今日も元気に自己主張している。
「……まあ、いいか」
洗面台の前で軽く水をかけ、指で髪を押さえつける。
完全には直らないが、どうせヘルメットを被る。問題ない。
小さな電気ケトルに水を入れ、スイッチを入れる。
ブォン、と心許ない音を立てて湯が沸き始めた。
インスタントコーヒーの粉をマグカップに入れ、湯を注ぐ。
立ち上る湯気と、少し焦げた香り。
「……うん」
一口飲む。
高級とは言えないが、十分だ。
窓の外を見ると、朝の東京が動き始めている。
通勤電車の音、車のクラクション。
その下で、ダンジョンは今日も変わらず口を開けているのだろう。
「今日も……汚れてそうだな」
そう呟いた、その時だった。
ポケットのスマートフォンが震える。
ピロン。
画面に表示されたのは、見慣れた無機質な通知だった。
【SYSTEM LOG】
【新規業務通知】
【対象:東京ダンジョン 第7階層】
【バグレベル:6】
【対応可能:ベテラン以上】
カイはコーヒーを一口飲み干し、静かに立ち上がった。
「……了解です」
誰にともなく言って、左手首を差し出す。
専用バーコードリーダーを当てる。
ピッ。
一瞬、空気が震えた。
普段着が淡く光り、作業服へと切り替わる。
モップ、バケツ、掃除機。
いつもの装備が、そこに揃った。
鏡に映る自分を見て、少しだけ首を傾げる。
「寝癖……まあ、いいか」
装備を整え、ドアノブに手をかける。
特別な決意はない。
使命感を叫ぶこともない。
ただ、今日の仕事があるだけだ。
「じゃあ、行きますか」
ドアを開け、朝の空気に足を踏み出す。
向かう先は――
東京ダンジョン、第7階層。
今日も清掃開始だ。




