第25話 静止世界
世界が、止まった。
音が消え、風が凍り、
空中に舞い上がった砂埃が、そのまま固まっている。
探索者たちは剣を振り上げた姿勢のまま、
瞬きすらせず、静止していた。
【SYSTEM LOG】
【Time Status:Paused】
「……時間停止、ですか」
カイ・シノハラだけが、動いていた。
足音が、異様に大きく響く。
誰も反応しない。
世界が、彼以外を切り離している。
「参照点が……ずれていますね」
時間そのものが止まったのではない。
時間軸の再生ヘッドが、固定されている。
「このままだと……」
カイは周囲を見回す。
「再生されない世界になります」
掃除機《虚無を喰らう竜》を下ろす。
「時間軸は、振動で認識されます」
掃除機のスイッチを入れた。
ゴォォォ……。
低く、一定の音。
空間に、波が走る。
止まっていた埃が、わずかに震えた。
【SYSTEM LOG】
【Timeline Reference:Unstable】
「……足りません」
カイは吸引音の出力を調整する。
「再設定には、
連続したノイズが必要です」
ゴォォォォ……。
音が、世界を叩く。
止まっていた水滴が、ゆっくりと落ち始める。
風が、再び流れ出す。
【SYSTEM LOG】
【Timeline Reference:Resetting】
「……今です」
カイは最後に、掃除機を床に向けた。
「再起動、お願いします」
ゴォォ……ッ。
【SYSTEM LOG】
【World Status:Reboot】
世界が、動き出した。
「……あれ?」
探索者が瞬きをする。
「今、何してた……?」
剣を下ろし、首をかしげる。
時間は、正常だった。
誰も、異変を覚えていない。
カイは、その場に立っていた。
「……」
誰も、彼を見ない。
正確には――
認識していない。
「……清掃員、か?」
誰かが一瞬そう呟いたが、
すぐに興味を失ったように視線を逸らした。
【SYSTEM LOG】
【Observer Memory:Not Recorded】
カイは理解する。
「……処理者は、記録されない」
時間停止という致命的なバグ。
それを修正した存在は、
世界のログに残らない。
「……問題ありません」
独り言が、虚空に落ちる。
「動いていれば、それで」
カイは掃除機を背負い、歩き出した。
背後で、探索者たちは何事もなかったように会話を再開する。
「さっきの敵、弱かったな」
「次、行こうぜ」
世界は、正常だった。
誰も、
世界が一度止まったことを知らない。
誰も、
それを直した清掃員を覚えていない。
カイは、ダンジョンの出口へ向かう。
「清掃……完了です」
誰にも聞かれない声で、そう告げた。
作業は、続く。




