第23話 空腹の価値
街から、匂いが消えた。
湯気も、焼ける音もない。
飲食店の看板は灯らず、厨房は冷え切っている。
「……腹、減らねぇんだよな」
探索者がぼそりと呟いた。
朝から何も口にしていないのに、空腹感が一切ない。
【SYSTEM LOG】
【Satiety Gauge:Locked】
「食べる意味がなくなった街は、こうなるのね」
リサ・カミシロが腕を組む。
「はい」
カイ・シノハラは頷いた。
「満腹度ゲージが固定されています。
空腹の更新が止まっている」
探索者たちは無気力だった。
食べない。
買わない。
働く理由も薄れていく。
経済は、静かに止まっていた。
原因は地下の制御区画。
満腹度を管理する参照装置が、異常な数値で固定されている。
【SYSTEM LOG】
【Satiety Reference:MAX】
「……便利そうに見えて、最悪のバグです」
カイは装置に手を伸ばす。
「空腹は、警告です。
生きるための」
「それを消すなんて、設計が雑すぎ」
リサは吐き捨てる。
カイは浄化水を用意し、参照値に流し込んだ。
「強制リセット、かけます」
【SYSTEM LOG】
【Satiety Gauge:Reset】
次の瞬間――
「……っ、腹……減った……!」
探索者の腹が鳴る。
それを合図に、街が動き出した。
屋台に火が入る。
鍋が沸く。
パンの焼ける匂いが、路地に広がる。
「……こんな匂い、久しぶりだ」
人々は笑い、列を作った。
食事の時間が、戻ってきた。
「清掃、完了です」
カイが装置を確認する。
探索者たちは深く頭を下げた。
「ありがとうございました……!」
その横で、リサは紙に包まれたおにぎりを頬張っていた。
「……ふん」
「豪華じゃなくていいのよ」
視線を逸らしながら。
「食べられるってだけで、十分ありがたいでしょ」
カイは頷く。
「はい」
リサは最後の一口を飲み込み、背を向ける。
街に、匂いが満ちる。
腹が鳴る。
それが、生きている証だった。
清掃は、完了している。




