第22話 嘘の水面
ギルドの受付が、異様な空気に包まれていた。
「本日の依頼は……大成功です」
「怪我人はいませんでした」
「報酬は減額されます」
すべて、嘘だった。
探索者たちは目を逸らしながら、口を開くたびに事実と逆のことを言う。
訂正しようとしても、言葉が裏切る。
【SYSTEM LOG】
【Speech Integrity:Corrupted】
「……これじゃ、依頼が成立しないわね」
リサ・カミシロが吐き捨てる。
「はい」
カイ・シノハラは頷いた。
「“嘘しか言えない”感染型バグです」
ギルドは混乱し、
情報が反転することで意思疎通そのものが崩壊していた。
「原因は……言語処理じゃありません」
「認識と出力の間に、反転フィルタが噛んでます」
カイはバケツを下ろした。
中には、水。
「水面は、嘘をつきません」
バケツを床に置くと、
探索者たちは不思議そうに覗き込む。
「……俺たちは無事だ」
水面には、血まみれの自分が映った。
「任務は簡単だった」
水面には、崩壊したダンジョン。
「真実が……映ってる……?」
【SYSTEM LOG】
【Truth Reference:Visualized】
だが、その瞬間。
カイの喉が、ひくりと引きつった。
「……問題、ありません」
自分でも分かる。
今のは――嘘だ。
「カイ?」
「このバグは……安全です」
言葉が、勝手に歪む。
【SYSTEM LOG】
【Contamination Detected:Subject KAI】
次の瞬間――
ドンッ!
「バカ!!」
リサのケツキックが、完璧な角度で決まった。
「自分で自分に嘘つき始めたら終わりでしょ!!」
床を転がりながら、カイは息を吐く。
「……助かりました」
「当たり前よ!」
リサは腕を組む。
「清掃員が真実見失ってどうすんの!」
カイは立ち上がり、改めてバケツを見る。
「……解除します」
浄化水を、ゆっくりと床に広げる。
水面が波打ち、
反転していた言葉の流れが正位置に戻っていく。
【SYSTEM LOG】
【Speech Integrity:Restored】
探索者たちは、深く息を吸った。
「……俺たちは失敗した」
「怪我人も出た」
正直な言葉が、ようやく口から出る。
「……すみませんでした」
「清掃、完了です」
カイはバケツを回収する。
探索者たちは、深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
「感謝は正直でいいわ。
嘘つかれる方が腹立つから」
背を向けて歩き出し――
小さく、付け足す。
「……まあ、あんたが無事でよかったわ……にゃん」
カイは、少しだけ笑った。
嘘は消えた。
言葉は、正しい場所に戻った。
清掃は、完了している。




