第19話 最強の誘惑
ダンジョン中層の広間で、探索者たちは息を呑んだ。
石台の上に浮かぶのは、禍々しい光を放つ装備。
刃は澄み、鎧は完璧な曲線を描き、触れずとも力が伝わってくる。
「……最強だ」
「間違いない。これを装備すれば――」
【SYSTEM LOG】
【Item Status:UNKNOWN】
警告は出ない。
だが、違和感はあった。
「装備条件、無し?」
「制限も無しだ。ありえねぇ……」
一人が手を伸ばす。
その瞬間、カイ・シノハラの声が落ちた。
「……待ってください」
「なんだ清掃員ごときが、邪魔するな!」
「それ、装備しない方がいいです」
探索者は笑った。
「最強のアイテムだぞ? ヒヨってんのか?」
【SYSTEM LOG】
【Death Flag:ARMED】
表示は一瞬。
見逃したのは、探索者たちの方だった。
カイは前に出る。
「そのアイテム――装備すると死にます」
「はぁ?」
嘲笑が広がる。
「死ぬわけねぇだろ」
「清掃員の冗談は後にしろ」
二人目、三人目が装備に手をかける。
――叩き割る音。
カイのモップが、石台ごとアイテムを打ち砕いた。
光が弾け、破片が霧散する。
【SYSTEM LOG】
【Death Flag:DESTROYED】
探索者たちは言葉を失った。
「……なに、しやがった」
「最強の誘惑です」
カイはモップを立てる。
「“装備した瞬間に立つ死亡フラグ”」
「処理が間に合わないタイプでした」
沈黙。
誰かが、震えた声で言う。
「……助けて、くれたのか」
「清掃ですから」
探索者たちは、深く頭を下げた。
「ありがとう……」
その瞬間。
床を、指差す声。
「ちがーう!」
リサ・カミシロが、にやりと笑った。
「私らへの感謝が違うわ!」
探索者たちが顔を上げる。
「助けてもらった相手に向ける態度、教えてあげる」
リサは床を指差したまま、冷たく言い放つ。
「顔、床にくっつけて」
「……は?」
「棒になっていいなさい!」
一歩、前に出る。
「土下寝よ!」
空気が凍る。
探索者たちは、ゆっくりと――
本当に、顔を床に伏せた。
額が床に触れる。
「……すみませんでした」
「声が小さい!」
「ありがとうございました!!」
リサは満足げに腕を組む。
「よろしい」
カイは少し困った顔で言う。
「……そこまでしなくても」
「するの」
リサは即答。
「感謝に上も下もないわ!」
探索者たちは、何も言えなかった。
カイはモップを回収し、背負う。
「清掃、完了です」
振り返り、立ち去ろうとする。
その背に、探索者たちにリサの声が飛んだ。
「……勘違いしないでね」
歩きながら、視線を逸らして。
「命拾いしたのは、運が良かっただけ」
「……でも、ちゃんと感謝できたのは、えらいわ!……にゃん」
土下寝の冒険者たちは、ほんの少しだけ微笑んだ。
清掃は終わった。




