第1話 デバッガー
東京ダンジョン・入口 午前七時
東京ダンジョンの巨大なゲート前は、朝の通勤ラッシュさながらの賑わいを見せていた。
最新装備に身を包んだ探索者たちが、肩をぶつけ合いながら入口へと吸い込まれていく。
「今日も人多いな……」
ゲート脇で、地味な作業服姿の青年がぽつりと呟いた。
手にはモップ、腰にはバケツ、背中には古びた掃除機。
どう見てもダンジョンに挑む格好ではない。
「おいおい、見ろよ。清掃員だぜ」 「まだそんな仕事あったんだな」 「邪魔だから後ろ歩けよ」
探索者たちの嘲笑が、遠慮なく飛んでくる。
青年――カイ・シノハラは気にした様子もなく、バーコードリーダーを左手首に当てた。
ピッ。
作業服が淡く光り、清掃員装備へと切り替わる。
「……今日も汚れてそうだ」
そのまま、探索者パーティーの後ろについてダンジョンへ入った。
内部は、いつもの岩と鉄の迷宮。
探索者たちはゴーレム型モンスターを発見し、一斉に攻撃を仕掛けた。
だが――。
ゴーレムが崩れ落ちた、その直後だった。
「……おい、なんか様子おかしくねぇか?」 「死骸が、動いて――」
亀裂が走り、ゴーレムが再構築される。
紫色のノイズが全身を覆い、異様な圧が空間を歪めた。
【バグ発生】
カイの視界にだけ、冷たいログが浮かぶ。
「ちっ……もうかよ!」
探索者の剣も魔法も、ゴーレムをすり抜けるだけだった。
一撃で吹き飛ばされ、仲間が壁に叩きつけられる。
「攻撃が効かねぇ!」 「回復! 誰か――!」
壊滅寸前。
その瞬間、モップが風を切った。
ゴォンッ!
「え?」
ゴーレムの膝が砕け、巨体がよろめく。
カイは一切迷いなく踏み込み、モップを振るう。
「汚れは……放置が一番ダメなんですよ」
回転、薙ぎ、突き。
水をまとった一撃一撃が、バグノイズを削り取っていく。
「な、何だよあいつ……!」
バケツが宙を舞い、浄化水が炸裂。
ゴーレムの動きが鈍った瞬間――。
カイは掃除機を構えた。
「核、見つけました」
スイッチを入れる。
ゴォォォォ――!
胸部から、紫色に輝く核が引きずり出される。
ゴーレムは悲鳴すら上げず、粒子となって消えた。
カイは掃除機を背負い直し、床に散った欠片を雑巾で一拭きする。
「よし、完了」
振り返ると、探索者たちは呆然と立ち尽くしていた。
ダンジョン出口。
朝の光が差し込む。
「……おい」
一人の探索者が、恐る恐る声をかけた。
「お前……何者だ?」
カイは少し考え、肩をすくめる。
「ただの清掃員ですよ」
そして、掃除機を軽く叩いて言った。
「またの名を――デバッガー」
そう言って、彼は誰にも見送られず、気持ちよく帰路についた。




