第17話 水準
ダンジョン中層で、探索者たちは突然、宙に放り出された。
「――うわっ!?」
「浮いてる!?」
足が床を離れ、体がくるりと回る。
上下の感覚が消え、視界がひっくり返った。
「重力反転……!?」
「魔法が――出ない!」
詠唱は成立しない。
踏み込みもできない。
スキルはすべて、地面がある前提で作られている。
「くそっ、何もできない……!」
探索者たちは空中で手足をばたつかせるだけだった。
その中を、作業服姿の男が歩いてくる。
正確には、歩いているように見える。
「……参照点がズレてますね」
カイ・シノハラは、落ち着いた声で言った。
「重力が反転したんじゃありません」
「参照している“下”が、間違っているだけです」
探索者の一人が叫ぶ。
「そんなこと言われても、どうしろって――」
カイは答えず、バケツを下ろした。
中に水を汲み、床に置く。
水面が、静かに揺れる。
「……水は、正直です」
水面は常に、正しい水平を示す。
「これを基準にします」
カイは水面を見つめ、掃除機のスイッチを入れた。
【SYSTEM LOG】
【Gravity Reference:再設定】
見えない何かが、カチリと切り替わる。
次の瞬間――
「――うわあああっ!!」
探索者たちは、一斉に落下した。
ドンッ、ドンッ、ドンッ。
床に叩きつけられ、呻き声が上がる。
「……いってぇ……」
「戻った……?」
カイはバケツの水を回収し、静かに言った。
「水準器は……大事です」
探索者たちは、床に転がったまま頷くしかなかった。
重力は戻った。
魔法もスキルも、正常に使える。
だが、
一度失った“当たり前”の感覚だけは、すぐには戻らなかった。
清掃は、完了している。




