第16話 タイムスタンプ・バグ
街の朝は、三度繰り返された。
信号が青になる。
人が渡る。
次の瞬間――すべてが巻き戻る。
「……まただ」
同じ会話。
同じ転倒。
同じ悲鳴。
街の時間が、ランダムに逆流していた。
【SYSTEM LOG】
【タイムスタンプ不整合:検出】
清掃したはずの瓦礫も、
吸引したはずのバグも、
次の瞬間には存在していることになっている。
「清掃……無効化されてますね」
カイ・シノハラは、街の交差点で立ち止まった。
「ログが壊れてるわね」
隣でリサ・カミシロが腕を組む。
「時間が戻るんじゃなくて、
参照してる“記録”がデタラメ」
人々は混乱し、
何度も同じ一日を繰り返していた。
「……原因、特定しました」
カイは掃除機を下ろす。
「世界のログファイルが破損してます。
参照点が……ぐちゃぐちゃです」
「修復できる?」
「……デフラグなら」
カイは、掃除機の特殊ノズルを装着した。
吸うのは、物質じゃない。
時間の断片化した記録。
「吸引、開始」
ゴォォォ……。
街の上空に、見えないノイズが渦を巻く。
バラバラだったログが引き寄せられ、
正しい順番に並び直されていく。
【SYSTEM LOG】
【ログファイル:デフラグ処理中】
【時間軸:再構築】
世界が、一瞬だけ静止した。
――そして、動き出す。
信号が変わる。
人が渡る。
今度は、戻らない。
「……直った」
街は、正常な時間を取り戻した。
だが。
カイの掃除機に、余分なログが引っかかっていた。
「……これは」
過去の、作業記録。
> 【デバッガー個体:L】
【作業内容:時間軸補修】
【備考:感情ノイズ多】
「……デバッガー?」
思わず、カイはリサを見る。
「リサさん。
これ……」
次の瞬間。
ドゴッ。
鈍い音。
カイは地面に倒れた。
「……聞くな」
リサが、拳を握ったまま背を向けている。
「過去のログに、興味持つな」
「……すみません」
カイは起き上がり、何も言わなかった。
街の時間は、正常だ。
人々は何も知らずに、今日を生きている。
リサは歩き出す。
「次の現場、行くわよ」
カイは掃除機を背負い、頷いた。
ログは修復された。
だが、
すべての記録が語られるわけじゃない。
それでも――
世界は、今日も動いている。
清掃は、完了していた。




