第15話 誰も触れない金庫
東京ダンジョン第五階層。
探索者たちが通過するだけの中継区画に、それは残っていた。
通路脇、半壊した壁の影。
古びた鋼鉄製の金庫。
「……まだ消えてないのか」
「ボスもいない階だぞ?」
剣で叩く。
魔法を当てる。
一度は歪み、凹む。
だが次の瞬間、ギギ……と音を立てて元の形に戻る。
「自己修復バグか」
「壊しても意味ないな」
危険はない。
だが、処理もできない。
だから誰も触らなくなった。
「……表面、汚れてますね」
作業服姿の男が、金庫の前に立った。
「清掃員です」
「触るな! 無限再生だぞ!」
カイ・シノハラは答えない。
ポケットから雑巾を取り出した。
「……テクスチャが重なってます」
雑巾で、金庫の表面を丁寧に磨く。
均一に、静かに。
金属の光沢が、薄皮を剥がすように消えていく。
「……え?」
探索者が息を呑む。
装飾、傷、重厚感――
それらは外側に貼られた見た目だった。
露わになったのは、
簡素な内部構造。
歯車。接続。
そして中央に、紫色に揺れる一点。
「……バグの核ですね」
カイは掃除機を下ろした。
ノズルを、紫色の一点へ向ける。
「吸引、開始」
ゴォォォ……。
核は抵抗する間もなく引き抜かれ、
光の粒子となって掃除機の内部へ収まった。
【SYSTEM LOG】
【自己修復バグ:削除完了】
金庫の動きが、止まる。
内部に残っていたのは、
薄い光の断片。
「……設計図?」
世界構造の、ほんの欠片。
探索者たちがざわめく。
「持ち帰るのか!?」
「売れるんじゃ――」
カイは、その断片を回収し、
すぐに金庫の内部へ戻した。
「……落とし物ですので」
「は?」
雑巾で、もう一度金庫を磨く。
テクスチャを戻し、構造を覆う。
金庫は再び、
誰も触れない金庫に戻った。
「清掃、完了です」
第五階層には、
何も起きなかったという結果だけが残った。
それでいい。
ここは、通過点なのだから。




