第12話 休憩の作法
ダンジョン中層。
崩れた柱の影で、カイ・シノハラは腰を下ろしていた。
バケツを椅子代わりにし、モップを立てかける。
小さなマグに、インスタントコーヒーの粉。
湯を注ぐと、苦い香りが立ちのぼった。
「……ふぅ」
その瞬間、背後から声が飛ぶ。
「おい! 何サボってんだよ!」
振り返ると、探索者の一団がこちらを睨んでいた。
「清掃員が休憩? ふざけんな」
「ゴミ掃除は立ちっぱなしでやれよ」
「俺たちは命張ってんだぞ!」
カイはマグを持ったまま、穏やかに答える。
「休憩は……必要です」
「言い訳すんな!」
吐き捨てるように言った、その時だった。
探索者の装備が、同時に鈍い音を立てて止まる。
「……あ?」
「剣が……動かねぇ?」
「スキルが反応しない!」
装備の輪郭に、紫のノイズが走る。
「……使用不能、ですか」
カイはマグを置き、床を見た。
休憩中に発生した、微細なバグ。
装備の“使用状態”を参照するデータが、曖昧になっている。
「……あーあ」
横から、聞き慣れた声。
「ほらね。
人が休んでる時にケチつけるから、世界が拗ねたのよ」
リサ・カミシロが、腕を組んで笑った。
「お前らさ、
清掃員は機械だと思ってるでしょ?」
「う、うるせぇ! 早く直せ!」
「命張ってんでしょ!?
装備動かないのに!?
最高に間抜け!」
探索者たちは黙り込む。
カイは、マグの横に置いたコーヒーの粉を指でつまんだ。
「……データ型が、曖昧ですね」
粉を、そっとノイズに振りかける。
黒い粒子が、紫の揺らぎに吸い込まれた。
「コーヒーは……粒状です。
境界を、はっきりさせる」
【SYSTEM LOG】
【データ型:再定義】
【使用状態:確定】
装備が、息を吹き返す。
「……動いた」
「直った……?」
探索者たちは、顔を見合わせた。
「……さっきは、その……」
カイはマグを持ち直す。
「休憩中でしたので」
その横で、リサが一歩前に出る。
「よく聞きなさい」
鋭い視線。
「お前ら、絶対にコーヒー飲むなよ!」
「休憩を舐める奴に、苦味を理解する資格ないから!」
「一生ぬるい水でも飲んでなさい!」
探索者たちは、深々と頭を下げた。
カイは一口、コーヒーを飲む。
「……コーヒーは、休憩の必需品です」
そう言って、次の清掃に立ち上がった。
休むべき時に休む。
それもまた――
世界を保つための、正しい作業だった。




