第11話 誰もいない場所
探索者ギルドの依頼書は、奇妙だった。
【清掃対象】
座標不明
人員:存在しない
危険度:未測定
「……誰もいない、はずの場所?」
カイ・シノハラは首を傾げたが、依頼は依頼だ。
清掃員証を確認し、黙って受領する。
その場所は、確かに“何もない”はずだった。
通路。
壁。
床。
どこにでもあるダンジョンの一角。
だが、一歩進んだ瞬間――景色が、戻った。
「……?」
同じ壁。
同じ床。
同じ角度のひび。
何度歩いても、同じ場所に戻される。
座標バグ。
空間そのものが、同一地点を参照し続けている。
進んでいるつもりで、実際には同じ座標を踏み直している。
探索者たちは、すでにここに入っていた。
「出口がない!」
「地図が……書き換わってる!」
焦り、恐怖、判断ミス。
やがて声は消え、足音も止んだ。
全滅だ。
「……なるほど」
カイは、その場に立ったまま、バケツを下ろした。
「座標が見えないなら……映せばいいですね」
バケツから水を汲み、床に静かに撒く。
ちゃぷ、と水面が広がる。
揺れる天井。
歪む壁。
そして――
水面にだけ、わずかにズレた通路が映っていた。
「……ここですね」
水は、鏡だ。
現実では重なって見える座標のズレを、反射として映し出す。
カイは、その“映った通路”に足を踏み出した。
一歩。
景色が、変わった。
空間のループが、ほどける。
【SYSTEM LOG】
【座標バグ:解除】
【ループ参照:切断】
ギルドに戻ったカイを見て、受付が固まった。
「……清掃、完了?」
「はい」
「でも……あそこは……」
「誰もいませんでしたので。
汚れだけ、ありました」
受付は言葉を失った。
「ど、どうやって……」
カイは少し考えてから、短く答える。
「水は、鏡です」
それだけ言って、清掃員は次の現場へ向かった。
誰もいない場所は、
確かに存在した。
そして今は――
本当に、誰もいない場所になった。




