第10話 剣の後始末
引退会見の帰りだという伝説の探索者は、思ったよりも疲れた顔をしていた。
「若いな、君は」
カイを見て、彼はそう言った。
肩に掛けた剣は、数々の戦場を越えてきた“最強の剣”。
だが、近くにいるだけで、空気がざらつく。
「清掃員、だったか。
悪いことは言わん。そんな仕事は長く続けるもんじゃない」
説教口調。
人生を知った者の顔で、語り始める。
「力を持つ者は、前に出るべきだ。
名を残し、称えられてこそ――」
「……あー、はいはい」
床に寝そべっていたリサが、面倒くさそうに割り込んだ。
「引退した途端に説教?
老害ムーブ早すぎでしょ」
「な、なんだ君は!」
「清掃員の同僚。
で、その剣――最強とか言ってるけど、臭うわよ」
伝説の探索者の表情が、強張った。
剣が、かすかに紫のノイズを漏らしている。
「……これは、俺の相棒だ」
「うん、違う」
リサは即答した。
「それ、過去のバグの残滓。
しかも、あんたにずーっと張り付いてる」
探索者は言葉を失った。
カイが一歩前に出る。
「……触っても、いいですか」
返事を待たず、モップで剣の刀身を優しく撫でた。
ゴシゴシではない。
埃を払うような、静かな動き。
「……ログ、溜まってますね」
剣に刻まれた、無数の“戦いの痕跡”。
勝利、怒り、恐怖、執着。
「これは……力じゃなくて、記録です」
カイは、モップを滑らせ続ける。
「エラーログ。
処理されずに、ずっと残ってた」
剣が、かすかに震えた。
【SYSTEM LOG】
【残留エラー:浄化開始】
紫のノイズが、霧のように剥がれ落ちていく。
やがて――
剣は、ただの古びた剣になった。
「……軽い」
探索者が呟いた。
肩から、何かが消えたように。
「……俺は」
彼は剣を見つめ、そしてカイを見る。
「……長い間、縛られていたのか」
深く、深く頭を下げた。
「ありがとう。
君に、救われた」
その瞬間。
「ちょっと待った」
リサが、にやりと笑った。
「謝り方がなってない」
「……え?」
「寝そべって、棒状になって謝りなさい!」
「なっ――!?」
「伝説だろうが何だろうが、
清掃員に説教かました罰。
ほら、床冷たいわよ?」
数秒の沈黙。
そして――
伝説の探索者は、無言で床に寝そべり、
見事なまでに棒状になった。
「……申し訳ありませんでした」
カイは慌てた。
「い、いえ……そこまでしなくても……」
「いいのいいの」
リサは満足そうに頷く。
「これで綺麗に終わり」
剣は浄化された。
呪縛は消えた。
カイはモップを回収し、軽く会釈する。
「後始末、完了です」
二人は、その場を後にした。
名も、伝説も、剣も残らなかった。
残ったのは――
剣を失い、説教も通じず、床に棒状で転がされた探索者の屈辱だった。




