第9話 不正な成長
最初に気づいたのは、探索者たち自身だった。
「……おかしいな」 「昨日より、反応速度が上がってる」
特別な討伐をしたわけではない。
危険なバグに触れた記録もない。
それでも、身体が軽い。視界が澄む。
やがて、誰かが言い出した。
「成長フラグが……勝手に立ってる」
探索者たちはざわめいた。
本来、能力の解放には条件がある。
危険、貢献、対価。
それらを満たした時だけ、世界は力を“許可”する。
だが今回は違った。
立ち止まっているだけで、
何もしていないのに、
フラグが増えていく。
「……これ、無限じゃね?」
噂は広がり、
検証は始まり、
やがて誰も隠さなくなった。
ダンジョンに入って、座る。
それだけで、世界が勝手に強くしてくれる。
「最高だろ」 「努力いらずじゃん」
探索者たちは笑った。
街で、異変が起き始めたのはその後だ。
荷物を持っただけで地面を砕く配達員。
視線だけで物を弾く子供。
説明のつかない“挙動”が、一般人にまで滲み出す。
世界が、本来許可していない力。
人の輪郭が揺らぎ、
一瞬、紫色のノイズが走る。
「……まずいですね」
路地の隅で、カイ・シノハラはそれを見ていた。
「成長フラグの参照が……壊れてます」
横で、リサが舌打ちする。
「楽して強くなろうとしたツケね。
世界の仕様、舐めすぎよ」
カイは不可視のログを追った。
成長フラグ。
本来は「条件→確認→許可」の順で立つ。
だが今は――
自己参照していた。
「……循環してます」
「つまり?」
「立ったフラグが、
次のフラグを立てる条件になってる」
リサは目を細めた。
「止まらないわけだ」
カイは掃除機を下ろした。
「……参照元、見つけました」
それは特定の個人でも、装備でもない。
ダンジョン深部に残された、古い処理領域。
誰も掃除しなかった“不要な計算”。
「ここに……ゼロを戻します」
「物騒な言い方ね」
「必要な作業です」
吸引が始まる。
ゴォォォ……。
成長フラグの循環参照が引き剥がされ、
条件テーブルが、本来の状態へ戻っていく。
【SYSTEM LOG】
【不正解放フラグ:検出】
【参照テーブル:初期化】
世界が、一瞬だけ静止した。
探索者ギルドに、沈黙が落ちた。
「あ……?」
身体が重い。
視界が戻る。
過剰に解放されていた挙動が、すべて消えている。
「……戻った?」 「いや……“元に”なった?」
積み上げたと思っていた力は、
最初から存在しなかった。
街のノイズは消え、
人々は“人”に戻る。
カイは掃除機を背負い直した。
「不正に立てられたフラグは……解除します」
淡々と、事務的に。
「あんた!鬼ね」
リサが言う。
「でも、正しい」
カイは頷いた。
「世界は、チートに耐えられませんから」
二人は歩き出す。
強さは残らなかった。
だが世界は、崩壊せずに済んだ。
そして今日も、
世界はほんの少しだけ――正しくなった。




