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リリアーナの選択  作者: 尾木 愛結
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 とうとう来てしまった王宮舞踏会。


 初めての夜会は煌びやか過ぎて居心地が悪い。


 どの紳士淑女も華やかな装いで、この場だけ世界が違って見える。宝石が散りばめられている髪飾りとドレス。淑女を更に引き立てるのは豪華な宝飾品。首飾りに耳飾り、そして腕に幾重も重ねた宝飾品が照明に反射して輝いている。


 紳士もクラバットに大振りのブローチをつけていたり、全ての指に指輪をつけている猛者までいた。


 ーーあんなに宝飾品をつけていると、逆に下品に見えるのね。


 貴族が宝飾品で身を飾り立てるのは、資産が潤沢にある事を指している。仮に家が没落寸前だろうと、それを隠すのだから飾り立てても意味がないと思う。


 ーーああ、早く帰りたい!


 王宮の舞踏会の場であるダンスホールに着いた早々、私の素直な感想。


 私は母が誂えてくれたデビュタントのドレスを纏っている。真っ白な生地に白い刺繍糸で小花と蔦の模様が、ドレス全体を華やかに演出しているデザイン。

 上半身はしっかりした作りで、スカート部分が広がっているタイプだ。


 髪はハーフアップにして真珠を使った髪飾りを散りばめている。

 私の髪は巻き毛なので、まとめるより自然な形にした方が見栄えが良いらしい。

 これは母が言った言葉である。


 初めての社交界で私をエスコートしてくれるのは長兄。


 本当は父がエスコートしたかったようだが、母が兄では嫌だと告げた一言で解決。兄の妻である義理姉エステルは、三人目の子を懐妊して体調不良なので欠席となった。


 私の長兄は二児の父親でもある。


 長男のシリルは五歳、次男のアロイスは三歳になったばかり。

 王都の邸を取り戻した時に、母と一緒に引っ越してきたらしい。夫が王都にいるのだから離れて暮らすより、家族一緒にいる方が幸せだ。


 次兄一家は領地に残っている。

 妻である義理姉のコリンヌとの間には、四歳になった息子のディオンが一人。私が最後に甥のディオンを目にしたのは、まだ二歳くらいの頃だったと思う。



「リリィ、綺麗だよ。さすが自慢の妹だ」



 長兄がさらりと褒め言葉を囁く。



「お兄様こそ、とても素敵」



 兄は白いドレスシャツに茶系のベストとフロックコートを重ね、首元には我が家の家紋が刺繍された若草色のクラバット。ボトムはベストとフロックコートと同色のスラックスだ。


 若草色は義理姉の瞳の色を意味している。



「リリィ、お父様は?」



 父は兄と同系色のフロックコートに、母の髪色と同じ栗色のクラバット。

 勿論、クラバットには家紋の刺繍だ。



「ふふふ、お父様も素敵よ。お母様も幸せね」



 母は父の瞳の色のドレスを纏い、そのドレスは金色の刺繍糸で彩られている。アラベスク模様に似ているが、おそらく母は自分で刺繍を施したのだろう。


 私が刺繍を得意としているのは、母の英才教育の賜物。


 さすがに母の刺繍の腕には叶わない。母のドレスを彩る刺繍は、まさに職人技と呼べるほどの力作だ。人間の動きを計算したデザインは、熟練の者にしか作れない凄技の一品。


 両親と長兄に囲まれて談笑していると、ダンスホールが急に騒く。



「なに?」


「ああ、カーマイン夫人ね。相変わらず美しいわ」



 母の言葉に中心の人物へ視線を向けた。

 その場に脚光が浴びているかのような神々しさ。


 カーマイン夫人は青紫色のドレスを纏い、美しい金色の髪を華やかに結い上げ、気高く上品な笑みを浮かべて歩いている。噂の通りカーマイン夫人は絶世の美女だった。


 そのカーマイン夫人をエスコートしているのは、紺碧の色のフロックコートに黒地のクラバットを首に巻く、漆黒の髪に青紫色の瞳をした美丈夫な紳士。

 カーマイン公爵令息の祖父母に当たる二人。


 ダンスホールで注目を浴びている二人が、実は孫もいて六十歳を過ぎているとは思えない。

 年齢を感じさせない瑞々しい肌をしているのは、この二人の魔力が膨大な証拠だろう。



「あんな絶世な美女って存在するのね……」



 私の言葉に長兄も頷く。



「社交界の薔薇と称されていたと思う」


「……納得だわ」



 兄は宮廷官吏をしているせいか、意外と社交界の噂について詳しい。


 社交界は新しい情報を常に持っていなければ生き残れないと聞いた。そんな怖い世界で生きたいとは思わない。もっと貴族子女たちの将来の選択肢を増やして、貴族籍がなくても生きやすい国にして欲しいと思う。


 それにーー私は貴族令嬢としての結婚は望めない。


 家族に内緒で純潔を散らした挙句、こっそり出産までしているのだ。この事がバレたら借金ではなく、醜聞で我が家の存続の危機になりかねない。

 家族を苦しめていた借金はなくなったけれど、今度は娘の醜聞で家族に肩身の狭い思いをさせてしまう。


 私は王都の邸に戻った際に、改めて両親に家を出て仕事をすると訴えた。


 少なくとも貴族学校を自主退学した身で、私の良い縁談は難しいと判断したのだろう。その代わり条件を出されたのは仕方ないと諦める。


 その条件というのは、私の仕事先だ。

 父が認める場所でなければ許可が下りない。そういった理由で、私は父の知り合いの邸の侍女として、今週末から働く事が決まったのである。


 父の知り合いーー大物貴族なのは予想できるが、確実に評判の悪い家ではない所は安心だ。



「お兄様、こういう場って慣れないわね」


「そうだなーー挨拶をしたら帰ろう」


「今すぐに帰りたいわ」


「王族から挨拶を貰わないと、リリィがデビュタントをしたと認められない」



 長兄と他愛ない話をして過ごす。

 間もなく両親に促されて、長兄のエスコートで王族の前でデビュタントの儀礼的な挨拶を済ませた。


 ーーこれで帰れる!


 長兄と父の二人とダンスを済ませると、私は長兄を伴って華やかな会場を後にする。


 両親は友人や知り合いに挨拶をする為、私と長兄だけが先に帰宅する事にした。長兄は妻が心配なのだろう。そして次は女の子だと嬉しいと照れながら呟く様は、もう私だけの兄ではないのだと切なくなる。


 長兄の妻は優しくて良い女性だ。


 ーー私もブラコンを卒業しないと!


 王都のローレンス伯爵邸は、私の記憶と少し違っていた。


 私の記憶にあるローレンス伯爵邸はーー伝統技術で造られた外観を誇り、邸の中も塵一つないほど掃除が行き届いていた懐かしい場所。要するに言い方を変えると、今にも崩れそうなほど老朽化した邸だった。


 宿屋から邸に戻ったら目を疑うほど、外観が見違えていたのである。

 まるで新築したばかりの様に、かつての外観を取り戻していた。内装も同様にヒビの入った柱や壁がなく、食料保管倉庫もカビ臭さの代わりに新築の香り。


 私のあまりの驚き様に、父が知り合いに修繕魔法を依頼したのだと教えてくれた。


 父の知り合いに宮廷魔術師並みの人がいたのも驚きである。

 物理的な修理だと時間がかかる上に、資金面でも資材や人件費で高くついてしまう。しかし補修や修繕魔法なら一瞬で新築同然に蘇る。


 それならーーこの邸を売りに出した時、修繕魔法を使えば借金が賄えたのでは?


 もしくは父は最初から、この邸を売るつもりがなかったという事だ。こういった腹黒い一面の父も素敵。父は善良で無害な人柄ではあるが、不正を許さないタイプ。交渉した相手の裏の顔を知っていて、のらりくらりと相手の言い値を躱していた可能性もある。


 商業ギルドの金融機関に関しては、さすがに父も見抜けなかったようだ。


 まさか信用第一の商業ギルドの傘下である事業の一つが、汚職にまみれた悪徳業者が入っていたとは世も末である。とある貴族の依頼で管財人が入り、父の過剰払い分が返還された上に慰謝料まで。


 もう没落寸前のローレンス伯爵家ではなく、ごく普通のローレンス伯爵家に戻ったのは嬉しい。


 ヴァネッサ・ホルン伯爵令嬢との交流も再開。

 彼女には今週末に王都から出る事、そして住み込みで働く事を伝えている。休暇で王都に戻った時に、彼女に会いに行く事も忘れない。お互い手紙をやり取りをしようと約束したのだ。


 王宮から戻ってきた私は、窮屈で動きにくいドレスを脱ぎ捨て、動きやすい部屋ぎに着替える。そのまま空腹を満たす為に厨房へ顔を出し、何か食べられる物を探した。パンが残っているのでスープがあれば上出来。


 冷めたスープを温め直してから皿に盛りつける。ダイニングルームへ移動するのが面倒だったので、厨房の作業台に椅子を運んで食事を始めた。今日は朝に朝食を頂いてから何も口にしていない。

 朝食後にバスルームへ運ばれ、全身をこれでもかと泡まみれになったと思えば、今度は簡易ベッドの上に乗せられて全身マッサージ。そこからオイルや香油を塗られ、ドレスを着るまで数時間。


 ーーもう二度とドレスは着たくない。


 あんなに大変な作業をしてまでドレスを着たがる令嬢は多い。


 豪華なドレスを着る事は貴族のステータスなのか。着飾った人を見るのは好きだが、自分が着るのは遠慮したい。そんな事を思いながら一人で食事をしていると、両親が帰宅してきたのか玄関ホールが騒がしくなった。


 かつてローレンス伯爵邸で働いていた使用人たち。


 私の家族は人望があったようだ。この邸が蘇ったと同時に、彼らから再雇用を申し出てきたらしい。他の家はどうか分からないが、私の家は使用人に対してきちんと対応をする。使用人を奴隷のように扱ったり、人間じゃなく物のように扱う貴族も存在しているようだ。


 そういった家に生まれなくて良かったと思う。



「サーシャ、エステルの体調は?」


「父上、お帰りなさい。エステルは相変わらず悪阻が酷いようで……それと、やはり発表なさいましたか?」



 玄関ホールにいるのは、父と長兄の二人だけのようだ。


 母だけ先に部屋に戻ったのだろう。

 長兄は今夜の夜会で何か発表がある事を知っていたのか、父に確認している。



「現在の当主カーマイン公爵は欠席されていたから、先代当主カーマイン大公が代理でな。ラインハルト・カーマイン公爵令息は嫡男から外れて、次男のアリスティド・カーマイン公爵令息が後継者になると宣言された」



 ーー先輩の話だ!


 それより、いつの間に弟が出来たのだろう。

 王宮の庭園で再会した時、先輩は何も言ってなかったのに。



「カーマイン公爵は未婚なのに、二人の子がいたとは……」



 先輩の父親が独身だった事に驚く。


 ーー独身なのに子だけを儲けた?


 私が家族に隠れて行った子を出産して欲しいという仕事は、実は割とメジャーなものだったのか。もしくは、高位貴族だけに限定されている可能性もある。


 ーー魔法契約や認識阻害をするくらい慎重だったから有り得そう。


 これまで子が増えるというのは、妻に隠れて付き合っている恋人や愛人が産んだ子だと思っていた。


 実際ほとんどが愛人や恋人の子を引き取っているはず。私が体験した子だけを出産するといったビジネスが、高位貴族の中で密かに行われているなら、今後は養子と聞いたら好奇な目を向けてしまいそうだ。


 二人の会話はまだ続いている。

 


「……当時まだ十五歳のカーマイン公爵に、侯爵令嬢が薬を盛って生まれたのが、ラインハルト様だ。お二人とも辛い境遇だったと思うよ」



 先輩の出生の秘密が公然の秘密だった事に、私は再び驚いてしまう。


 確かに先輩は自分の父親に対して負い目がある様子が伺えた。先輩が悪いわけじゃないのに、周りが色々と余計な事を吹き込んだに違いない。


 それで先輩は自分を追い詰め続け、次第に爵位を継ぐのを諦めてしまったのかもしれない。人気のなくなった生徒会室にいた時、先輩がぽつりと「家を出たい」と言っていた。


 先輩は生まれた時から、無数の好奇の目に晒され続けて心が疲弊していたと思われる。それに男性に見えない中性的な容姿のせいで、肉食女子に追いかけられるのは地獄だ。


 ーー逆に貴族籍を抜けた方が危険!


 身分がなければ攫われる可能性が高い。



「私は噂でしか聞いた事がないけど。その侯爵令嬢は元婚約者に手ひどく振られ、やけ酒をしていた所にカーマイン公爵が目に入り、令嬢が媚薬を盛ったっていうのはーー本当の話?」



 長兄が父に疑惑を持っていた事を告げる。



「ダルビッシュ侯爵令嬢の醜聞は全て事実だよ」


「うわ……」



 これには私も「うわ!」だ。


 その侯爵令嬢は奔放な人だったのだと推測する。

 婚約者がいる身で男遊びをしていたのなら、婚約破棄が妥当だろう。


 それに納得しないのはおかしい。



「彼女の言い分は、元婚約者に振り向て貰えなかった事が気に入らない。でも男遊びは止められないといった感じだろうな。そこで十五歳でお披露目に参加されたカーマイン公爵に目をつけた。いたいけな美しい少年と遊んでみたかったと、彼女は茶会の席で言っていたそうだ」



 先輩の父親も女難だったようだ。


 十五歳のお披露目という事は、その場で「次期後継者」としての発表だろう。その時に目をつけられる程、見目麗しい少年だったのかもしれない。


 私には大人の女性が悪戯したくなる気持ちも分からないけれど。



「いたいけな美少年と遊んでみたいって……当時の彼女の年齢は?」


「確か二十四歳だったと思う」


「私なら女性不振になりそう……って! それでお二人は女性嫌いなのでしょうか?」

 

「そうだろうな。トラウマにならない方が不味い」


「はあ……高貴な生まれというだけで令嬢に群がられるというのに、女性が見惚れる程の美形なら猶更だ」



 長兄が溜息を漏らす。



「それと先ほどサーシャが言った、公爵が独身というのは訂正させて貰う。次男のアリスティド様が生まれたのは、公爵が結婚された後だよ。まだ結婚式は挙げていないけどね」



 ーーさっきは独身て言ってなかった?



「結婚されたとは知らなかった。でも、どういう事? なぜ式を挙げないんだ?」



 ーーああ、兄は結婚していた事を知らなかったのね。



「それは……ご懐妊されているのが理由なんだ」


「え? アリスティド様は生まれたばかりじゃない? それなのに、また懐妊って……公爵が式を挙げていないのは、そういう事?」



 先輩の父親って女性にだらしない人じゃなかったはず。


 先ほどの父や長兄の話で、公爵は女性不振を拗らせていたと聞いたばかりだ。そんな人がトラウマを乗り越え、愛する相手を見つけた事にホッとするが、先輩の方は難しいかもしれない。



「そうだね。認めたくないけど……幸せなら口出しはしない」



 二人の会話が衝撃過ぎて、色々と脳内で想像してしまった。


 これで先輩が父親に対して負い目を感じている事や、その父親も女性に対して不信感を持っているのは、間違いようのない事実。たまたま生まれた家が裕福で、更に容姿が整っていただけなのにーー。


 私が魔法契約をした相手は、絶対に女性不振じゃないと思う。


 もし女性不振な相手なら、あんなに丁寧な扱いはしない。

 もっと乱暴に扱うか、義務的な接触しかしないだろう。女性を嫌う男性の特徴は傲慢だ。女性を下に見ているから人間扱いをせず、動物や物のように扱うタイプが多い。


 それにーー必要最低限しか閨を行わないだろうし、添寝だってしてくれないと思う。


 また求人が出たら申し込みそうな自分に気づく。


 ーー彼の腕の中は心地良かったのだもの。


 二度と会えない相手に想いを寄せても不毛なだけだ。週末から住み込みで働くのだから、その土地について勉強しておく方が自分の糧となる。


 私の新たな職場は、父と長兄の会話に出ていたカーマイン公爵家だ。




 




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