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リリアーナの選択  作者: 尾木 愛結
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 王宮の外門の前にいる衛兵に、「ミハイル・ローレンス伯爵と面会」と伝え、私は衛兵に案内されるまま王宮の中へ初めて足を踏み入れた。


 私の素性を聞かないのは、父に良く似ているからだろう。

 父と同じ金色の髪に紫色の瞳を持つ。


 長兄サーシャは明るい栗色の髪に瞳は茶色、次兄のセドリックは金色の髪は同じだが、瞳の色は茶色である。年齢も十歳と七歳の年の差。私が同年代の異性に興味が持てないのは、父と兄二人が素敵すぎるせい。


 社交界での彼らの評判は知らないが、私の目にはカッコ良く映っている。

 父は細身だが背がすらりと高く、柔和で争い事は苦手だが不正は許さない。長兄は程好く筋肉がついた細マッチョな見た目に反し、冷静沈着で生真面目なタイプ。


 次兄は父と同じく柔和な癒し系のイケメン。

 

 長兄は十歳も離れた妹を大切にし、次兄は七歳離れた妹を守る王子様。

 父は遅くに出来た私を溺愛ーー兄たちが結婚するまで、それが当たり前だった。


 私は自他ともに認めるファザコンでブラコン。


 そうして衛兵に案内された待機所で父の訪れを待つ。

 間もなくして父が姿を現す。



「リリアーナ、リリィ!」


「お父様」



 父が私を抱きしめる。



「すっかり見違えた。それと仕送りを有難う。もの凄く助かったよ」


「雇い主が善良な方だったの」


「ああ、本当に素晴らしい方だ」


「お父様、それで……借金は終わったのよね? どうして仕事を続けているの?」


「ーー辞めさせてくれないのだよ」



 父がうんざりした顔で息を漏らす。


 宮廷官吏でも父が所属しているのは、宰相の秘書らしい。父が王宮に戻ってきた事で争奪戦となり、それを勝ち取ったのが現宰相を務めるオクレール侯爵。


 オクレール侯爵の伯母にあたる方は、ヴィオレーヌ・カーマイン夫人。

 前オクレール侯爵の姉であり、カーマイン公爵家に嫁いだ社交界の薔薇と称される絶世の美女。そして彼女の孫にあたるのが、先輩のラインハルト・カーマイン公爵令息。


 こんな大物貴族と父が知り合いなんて、知らなかった事実だ。


 侯爵とは貴族学校からの腐れ縁で、父が借金の返済に出稼ぎを決意した際の伝手でもある。その恩もあるので、父も仕事が辞められないのだろう。



「まあ……お父様を頼りにされているのですね」


「使い勝手が良いからだと思う。それより、リリィのデビュタントだ! 去年は奇しくも舞踏会への参加は無理だったが、次の舞踏会では華々しくデビューしよう。スザンナもリリィのドレスを張り切って注文したようだよ」



 まさか母が乗り気だったとは思っていなかった。


 それにドレスを着る娘のサイズを、母がどう知りえたのかを知りたい。最後に領地に戻ったのは二年前だ。その時のサイズと、現在のサイズは確実に変わっている。娘が不在なのにドレスを注文するのは、大金をドブに捨てるようなもの。

 

 万が一、私がドレスを着られなかったら、どうするつもりなのだろう。

 一生に一度しか着ないデビュタントのドレスは、信じられないくらい高額なのだ。

 


「デビュタント用のドレスは高価だわ。そんな贅沢できない」


「リリィは私たちにとって大切な一人娘だ。デビュタントのドレスは気にしなくても良い。王都の邸も取り戻したんだ。スザンナも領地から王都の邸に戻っているよ」



 借金返済だけじゃなく、王都の邸まで取り戻したとは予想外である。


 過剰払いと慰謝料で賄えたと言う事だろうか。

 父の説明では王都の邸は売家のままで、誰も買い取る者が現れなかったらしい。王都のローレンス伯爵邸は規模が小さめだが、伝統技術を用いた芸術品と呼べる邸だ。


 ただ言い換えれば古いだけの邸で、あちこち老朽化していた事が売れなかった原因だろう。


 私にとって幸せだった頃の思い出が詰まった場所である。

 また邸に戻れるなんて夢のような話だ。王都の邸が戻った事は素直に嬉しいが、それとデビュタントは別の話である。



「私はデビュタントをしなくても気にしないわ。それと次も住み込みの仕事をしようとしているの」


「もう借金の心配は必要ないのに働くなんて」


「私は十七歳になったのよ。もう大人だわ」


「デビュタントを済ませていない者は、大人と言えないのは分かっているだろう?」


 こういった貴族の柵がイヤで抜け出したい。


 大好きな父に説得されてしまい、舞踏会への参加を余儀なくされる。



「私とサーシャは王宮の宿舎から邸へ移っている。リリィも戻っておいで」



 王宮の宿舎は仮眠用にキープした状態で、普段は邸へ戻っているようだ。領地の方は次兄のセドリックが残り、王宮務めが辞められない二人の代わりに切り盛りしているらしい。長兄のサーシャは頭脳派なので、領主よりも王宮務めの方が肌に合っているのかもしれない。


 そして母は父と一緒に過ごしているうちに、体調が良くなっているらしい。



「明日には戻るわ」


「どこにいるの?」


「宿屋よ。明日まで前払いをしているから、宿泊しないと勿体ないわ」


「しっかりしているね」


「お父様の娘よ? 当たり前じゃない」


「本当に……しっかりした娘になったね」


「そうだわ! お父様に差し入れを買ってきたの。職場の方と一緒にどうぞ」



 父に焼き菓子の詰まった包を渡すと、そろそろ休憩時間が終わるからと別れた。


 王都の邸が戻ったのなら、明日からの宿を探さなくて済む。久しぶりに父に会えた喜びで、うきうきと足取りも軽くなる。借金の心配がなくなったせいか、心が軽い。


 この王宮には青紫色の薔薇が咲いている事を思い出す。


 近くにいた衛兵に尋ねると、一般公開用の庭に咲いている事を教えてもらう。閉門の時間以内なら自由に閲覧可能らしい。平日の午前十一時から十九時まで解放しているようだ。


 現在の時刻は十六時。

 閉門まで三時間もある。


 王宮を出て一般公開用の庭に向かう。

 庭園は裏門ではなく正門の方が近かった。父に会うのに正門から入るのは間違いなのだ。王宮務めをしている相手に面会をする際は、裏門にいる衛兵に確認を取らなければ通されない。


 そもそも相手と面談の約束をしている事が前提である。事前に約束をしていれば、衛兵に連絡が届くのだ。この辺のセキュリティは万全じゃないと、不法侵入者に入られてしまう恐れがある。


 そして一般公開している庭園は正門から入るが、立ち入り禁止エリアがハッキリしている為、道に迷う事はない。もうじき薄暗くなってくる時間のせいか、庭園がライトアップされている。


 まだライトの効果は伺えないが、辺りが暗くなると素晴らしい景色に違いない。



「……綺麗」



 庭園を歩いて行くと青紫色の薔薇が咲いている場所を見つけた。

 おそらく薔薇の一部だけ公開しているのだろう。


 図鑑とは全く印象が違っていた。

 精巧に描かれていても本物には叶わない。


 うっとり薔薇の花を見つけていると右肩に痛みが走る。



「……っ!」



 あまりの痛さに涙が浮かぶ。



「失礼、急いでいたもので」



 どうやら私にぶつかってきたらしい。

 


「先輩?」



 涙を指で拭ってから相手を見上げる。

 漆黒の髪に紫色の瞳ーーラインハルト・カーマイン公爵令息だった。


 そして常に傍にいる侍従のフレデリック・ブリュレ伯爵令息が目の前にいる。金色に輝く髪に翡翠色の瞳は、学生時代のまま変わっていない。



「ローレンス伯爵令嬢?」



 フレデリック・ブリュレ伯爵令息が驚いた顔で私を見る。



「お久しぶりです、先輩」


「君だったのか……すまない」



 カーマイン公爵令息が謝罪の言葉を漏らす。


 彼は私の心の中で勝手に「人間不信症」と呼んでいるが、当たり障りのない言葉を交わすだけなら対応してくれる。もしくは安全パイと認識されないと無理かもしれないが。


 私は彼らに安全パイとして既に認識されている。



「ちょっと痛かっただけですから、そんなに気になさらないで」



 此処で彼らが急いでいた理由を知った。


 父親の従兄弟にあたるジョルジュ王弟殿下に呼び出され、その帰りに王宮にいたご令嬢たちに捕まって逃げていたらしい。確かに二人とも女性が好みそうな容姿をしている。


 カーマイン公爵令息は寡黙だが中世的な美貌を誇り、ブリュレ伯爵令息は王子様を守る騎士そのもの。お二人のご尊顔を拝見するだけでお腹いっぱい。私の好みとは対極なので安全パイで十分だ。


 私の異性に理想を求める姿は、長兄の影響が大きい。


 父も次兄も大好きなのは変わらないが、長兄のような立派な体を持つ相手に守られたいと思うのは、誰でも一度は思う事だろう。所謂、乙女の憧れだと主張したい。

 


「君は何しに此処へ?」



 ブリュレ伯爵令息が不思議そうな顔をしていた。


 学生時代の私を知っている者なら、王宮に私がいる事すら珍しいと感じているのだろう。私もそれなりに学生たちから遠巻きにされるほど、孤立していた部類の人間である。


 そんな私が人の多い場所にいるのが不思議なのだろう。



「父に呼び出されて面会していたのです。その帰りに寄り道をしようと……」


「なるほど」


「それにーー知り合いから青紫色の薔薇の事を教えて貰って。父の件で王宮に来たのなら、ついでに実物を見ておこうと来てしまいました」


「ローレンス伯爵令嬢らしいね」



 滅多に拝めないカーマイン公爵令息とブリュレ伯爵令息の、二人の笑顔を頂いてしまった。


 私にとっては学生時代から見ている姿。

 こんな風に何気ない態度であれば、彼らも普通に接してくれるのに。特にカーマイン公爵令息は、彼の家柄で令嬢たちに言い寄られるのだろう。


 せめて容姿が平凡であれば少しはマシだったのかと思うが、やはり高位貴族の令息は令嬢たちにとって、理想の玉の輿の相手にしか見えないのだ。



「それでは先輩、私はそろそろ帰りますね」



 自分が思っていた以上に長く話し込んでいたらしい。

 辺りが暗くなり始めている。


 あまり遅くなってしまうと乗り合い馬車が捕まらないのだ。

 


「ああ、久しぶりに会えて良かった」



 私は二人に礼をしてから、その場を立ち去る。


 正門を抜けて乗り合い馬車を見つけて乗り込む。宿屋に着くと夕食を断っていた事を思い出した。父が指定した時間だから、夕食を一緒に出来ると思っていたのに。


 有料になってしまうけど、最後の夜だしレストランを利用させて貰おう。


 宿屋の入口ではなく、レストラン用の入口を目指して歩く。こうして改めて外観を見ると、レストランと宿屋が独立しているように見える。

 レストランの入り口から入り、空席を探すが満席に近い。



「お嬢さん、お困りですか?」



 見知らぬ紳士に声をかけられた。


 年齢は三十代後半くらいだろうか。赤茶色の髪に紅玉の瞳をした、長身で身のこなしがスマートな紳士。不安げに立ち尽くす私を心配して、彼は声を掛けてきたようだ。



「満席のようですね」


「ああ、お嬢さんは食事をしに来て頂いたのですね」



 彼が宿屋の方の支配人を呼びつける。


 どうやら宿屋とレストランの関係者のようだ。気軽に支配人を呼びつけるのだから、経営者と関りをもっている相手に違いない。そんな偉い立場の方に心配されるとは不覚の致す所だ。


 内心は汗だらだらの状態である。

 そんな私の心境も知らず、赤茶色の髪をした紳士が支配人を連れて来てしまった。彼がレストランに姿を現したと同時に、利用している客たちの視線を一斉に浴びる。



「ローレンス様、如何なさいましたか?」



 レストランの利用客の視線をものともせず、支配人が柔らかい口調で問いかけてきた。



「実は……父に呼び出されたので夕食を一緒に取るのだと思っていたんですが、まだ仕事が終わらなくて追い返されたのです。それでレストランの方へ来てみたけど、このように満席で途方に暮れておりました」



 私は尻すぼみをしつつ、こうなった経緯を説明する。


 父の仕事が終わっていれば、今頃は一緒に夕食を囲んでいたのに。

 自分のタイミングの悪さに溜息しか出ない。



「なるほど」


「それじゃ、彼女の部屋に食事を運ぶように手配しましょう」



 赤茶色の髪の紳士が支配人に向かって、とんでもない事を提案する。


 宿泊者が利用できる時間はとっくに過ぎているので、部屋に食事を運ぶのはルール違反になってしまう。



「そんな! 私の確認不足なので、ご迷惑はかけられません」


「心配なさらなくても大丈夫ですよ、お嬢さん」



 赤茶色の髪の紳士は柔らかな笑みを浮かべる。



「ローレンス様、お部屋にお食事をお持ち致します。此処は少し危険ですね」



 支配人の言葉にぎょっとしてしまう。


 この場が危険とは、どういう意味なのか。高級レストランにしか見えないので、不躾な態度を取るような人間はいないと思うが、支配人には違って見えるのかもしれない。


 実際、レストランを利用している客たちに、私たち三人が注目されているだ。これ以上の恥をさらしたくなくて、つい弱気になってしまう。



「あの、私は一食抜いても大丈夫ですから」



 無理して食事をしなくても、朝になれば部屋に食事が運ばれる。



「お嬢さんが食事を抜く事になったと知れたら、我々の主人が気分を害しますので。バトン殿、差配を頼む」



 赤茶色の髪の紳士に支配人が恭しくお辞儀をする。



「かしこまりました」



 一つ一つの所作が本当に美しい。


 支配人が私の方へ向きを変えると、レストランの奥の方を指し示す。



「ローレンス様、こちらから部屋の方へどうぞ」



 指した方向は宿屋の勝手口だろうか。

 そして私は二人に向かって、深々とお辞儀をする。



「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。それと……有難うございます」



 私の言葉に二人が笑みを零す。


 これ以上の注目は浴びたくなかったので、私は逃げるように立ち去った。そんな私の後姿を見て、赤茶色の髪の紳士が笑みを浮かべながら呟いた。



「とても可愛らしいお方だ」



 彼は背後を振り返る。


 その場に現れたのは、漆黒の髪に青紫色の瞳を持つレイモンド・カーマイン公爵。この宿屋とレストランの経営者であり、ラインハルト・カーマイン公爵令息の父親だった。


 彼は定期的にレストランと宿屋に顔を出す。


 基本的に月二度ほど訪れ、宿屋とレストランの売り上げの帳簿を確認するのだ。本来は滅多に顔を出さない支配人がいる事も珍しく、こうして経営者と支配人が並ぶ姿は初めてのこと。従業員たちも慌てふためく。


 彼らは規律に厳しいのだ。

 ほんの小さなミスも逃さず、僅かでも損失を与えた者には容赦はしない。


 そんな大物が現れていたとは知らず、私は部屋に運ばれてきた食事をゆっくりと噛み締めたのだった。







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