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リリアーナの選択  作者: 尾木 愛結
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 私が目覚めた場所は見慣れた寝室ではなく、宿屋の部屋にあるベッドの上だった。


 あの邸に滞在していたのは夢だったのだろうか。身に着けている物は、かつての自分の物。

 そして部屋の隅に置かれた自分のトランク。


 ベッドの上で身を起こすと、体に残る倦怠感。

 昨夜の事が夢ではなかったという証だ。


 まるで旦那様に愛されていると勘違いしそうなほど、甘く淫らに濃密な時間を過ごしたと思う。最終日の夜に体を求められると思っていなかったので、これはこれで私の大切な宝物として記憶に刻んでおく。



「これからどうしよう……」



 父へ連絡した方が良いだろうか。


 実家の借金が一年半でどのくらい減ったのか分からない。

 私は状況把握をした方が良さそうだ。


 父へ手紙を書こうとベッドから飛び降り、部屋の隅に置かれたトランクを開く。



「これって……私の給金?」



 トランクを開けると荷物の一番上に、見た事のない上質な革で作られた袋がある。


 その袋の中身を確認すると、中に金貨がぎっしりと詰められていた。これまで銀貨を数十枚しか見た事がなかったので、こんなに多くの金貨を目にしたのは初めてである。数はどのくらいだろうか。


 そっと袋に手を当てて鑑定してみる。



「嘘……金貨五百枚もある!?」



 これは男児を出産した特別報酬という意味があるのか。


 求人の項目では金貨二百五十枚が報酬だったはず。

 そして実家への仕送りとして、代筆で送って貰っていたと思う。それを差し引いても計算が合わない。


 ーー逆に増えている!


 これが特別報酬でも五百枚は多すぎるだろう。


 私とは金銭感覚が違いすぎる。

 おそらく旦那様たちにとって、この金貨五百枚という数字は微々たるもの。



「どれだけお金持ちなの!?」



 部屋に誰もいないが、つい不満をぶつける。



「そういえば……この部屋」



 もう既に忘れかけていた灰色の髪をした紳士と面談をした部屋と同じ。


 貴族が経営しているという高級宿屋。

 王都で宿屋を建てられる貴族は多く存在しない。王族が統治している土地を買うのだ。


 余程の権力者だろうか。

 それか王族と縁のある貴族の可能性もある。


 ーー土地は賃貸で建物だけ権利がある?


 私には関係のない話だ。



「手紙」



 金貨に惑わされて忘れる所だった。

 父に手紙を書こうとしてトランクを開けた事を思い出す。


 私の父と長兄は宮廷官吏をしているので、王宮内にある宿舎に住んでいるのだ。


 まずはーー借金の状況と面会できるのかを確認。

 トランクの中に入っていた便箋と封筒を取り出し、父充てに手紙を書くと封に入れて魔力を注ぐ。魔法郵便は送り先の相手に確実に届けるもの。


 父へ手紙を送りトランクの中を改めて確認する。


 あの金貨が詰まった革袋以外は、私が寮で詰め込んだ私物だった。

 外出着に着替えてトランクに入っていた肩掛けバッグを身に着ける。このバッグは私の手作りで、拡張付与のおかげで沢山の物が入るのだ。


 トランクの中から必要な物は取り出したので、このトランクは空間収納へ入れておく。

 室内を見回して忘れ物がないかを確認すると、私は部屋を出て受付の方へ向かう。


 受付の女性が私に気づき、にっこりと微笑む。



「お嬢様、如何なさいましたか?」


「宿泊の清算をお願い致します」



 私は部屋の鍵を女性に渡すと、彼女は鍵を見て首を傾げる。



「ちょっと支配人に確認して参りますので、お待ち下さい」


「?」



 ただ宿泊の清算を願い出ただけなのに、何か問題でもあったのだろうか。


 先ほどの女性が上品な紳士を連れて戻ってきた。



「ローレンス様、お部屋の宿泊費は前払いで三泊分を頂いております。早朝に利用されたので、本日から二泊三日という形となります」


「そうだったんですか……何も聞かされていなかったので説明を頂き助かりました」


「手続きに来られた方から了承済みだと聞いておりましたがーー手違いがあったのでしょう。この宿屋で宿泊を利用されている方は、あちらの奥にあるレストランを無料でご利用頂けます。宿泊者がご利用になる時間が決まっているので、その時間外に利用する場合は有料となります」



 この宿屋はレストランを自由に利用できるらしい。


 朝食は午前六時から八時まで、昼食は午前十一時から正午まで、夕食は十六時から十八時までと時間が決まっているようだ。宿屋だけじゃなく、レストランとしても経営しているらしい。


 宿泊者の利用時間を決めているのは、レストランのピーク時間を避ける為だろう。



「外で買ってきた物を持ち込むのは可能ですか?」



 私は外食に慣れていない。


 見知らぬ人に囲まれて食事をするのは無理だった。

 折角なら部屋でゆっくり食べた方が落ち着ける。



「お部屋でお食事をご希望でしたら、配膳も可能でございます。こちらは朝食が七時、昼食は十一時、夕食は十八時となります」


「今日は夕食だけお願いしても宜しいですか?」


「はい、承りました」



 紳士が柔らかく微笑む。


 目の前の紳士の所作が美しいのは貴族だからだろう。

 どこかの高位貴族の邸に勤めている執事にしか見えない。宿屋の支配人にしては所作が完璧なのだ。それと状況判断や臨機応変に動ける有能さ。


 ーーまさに理想の執事!


 そんな事を頭で考えながら、支配人に礼をつくして外へ出た。


 父からの連絡待ちだが、久しぶりの王都を散歩してみたい。

 普段は外出するのを避けがちなのは自覚している。ずっと邸の中に引きこもっていたのだから、外の空気を吸うのも悪くないだろう。


 それと流行も気になる。


 刺繍やレース編みのモチーフに流行はないけれど、持ち物や洋服のデザインは季節ごとに流行が変わるものだ。私が着ている物は流行に左右されない定番のものだが、この一年半で体形が変わったのか着心地が悪い。


 この服は学生時代から着古したもの。

 それを考えたら成長して体形が変わっていてもおかしくない。


 私は乗り合い馬車を見つけると、それに乗って王都の中心街へ向かった。


 この辺は寮に住んでいた頃から馴染みがある。

 さすがに街並みは以前と全く変わらない。見知った風景にようやくホッと息を漏らす。


 あの通りを抜けたらブティックがあるはずだ。

 この際だから洋服を新調しておこう。着心地が悪い服はリメイクして使いまわす。


 私はブティックの中に入り、既製品の服を眺める。流行より長く着られるものが理想だ。そして動きやすいのが重要である。色はーー無難なものが良い。

 この場所に並んでいる既製品の服は、安いもので銀貨二枚で高いものは銀貨六枚だった。


 領地へ戻らず新たな職探しとなると、移動用の服と普段着が数枚といった所だろうか。万が一、職場で夜会へ参加しろと言われたら、ドレスを一着も持っていないと不味い。


 そうなるとーー普段着用が三枚で、ドレスは悩む。

 ドレスは既製品でも高額なのだ。


 普段着用の服を五着を選び、今度は既製品のドレスを確認する。


 無難な物にするべきか悩んでいると、隣から話し声が聞こえてきた。



「ーーでね、お母様が悔しがっているのよ」


「公爵様のお相手の令嬢は?」


「さあ? わたくしは年上の殿方には興味ないもの。ご子息のラインハルト様の方が素敵に思えるわ」


「あの方は女性に全く興味を示さないのよ。それに彼の傍には侍従がいて近寄れないじゃない」


「次の夜会で公爵令息の心を射止めるわ」


「わたくしは公爵様のお相手の方が気になるわ。お子が産まれたって事は、お二人は間もなくご結婚されるのよね。あの見目麗しい公爵様を射止めるなんて、一体どんなご令嬢なのかしら?」


「生まれたお子は男児だって噂よ。既に嫡男のラインハルト様がいるのだから、その子はスペアにもならないわね」


「ご嫡男様は十九歳で成人も済んでいるし、そろそろ次期当主としての教育が始まるかもしれないわ」



 そんな会話が壁の向こうから聞こえてくる。


 公爵家の嫡男ラインハルトと言えば、カーマイン公爵だろう。貴族学校では二歳上の先輩だった。彼とは生徒会室で見かけるくらいしか接点がない。女性不振というより人間不信に近いだろうか。

 彼の傍に控えている侍従意外と接点を持たない徹底ぶり。


 漆黒の髪に紫色の瞳を持つ、中世的な容姿の先輩。


 物静かで柔和な雰囲気なのに、その瞳は鋭く冷たい。誰かが話かけるものなら、絶対零度を思わせる眼差しを向けられる。私は必要最低限しか接した事がないので、生徒会室以外の先輩の姿を知らないのだ。


 先輩の父親である公爵の存在も知っているだけで、直接目にした事もなければ詳しい情報も知らない。王族の血筋も混ざっている雲の上の存在の方たちなので、下手に関わらない方が身のためである。


 私は気を取り直してドレス選びを再開した。


 ここは無難に淡い紫色の無地のドレスと、水色のドレスを選ぶ。店員を呼んで会計を済ませる。ついでに下着も予備を含めて数枚購入した。ブティックを出た次は文房具店と洋品店へ向かう。


 文房具店で便箋と封筒にインクを購入し、洋品店ではレース糸や刺繍糸、それと幾つかの生地を購入。

 私の人生の中で散財した一日である。


 ーーこんなに物を買ったのは生まれて初めて!


 普段着は五着で銀貨十三枚、ドレスは二着で銀貨四十枚。そして文房具店では銀貨二枚、洋品店では大出費の銀貨二十一枚。合計で銀貨五十七枚!!

 私だけこんな贅沢をするなんて、家族には申し訳ない気持ちを抱く。


 ずっと節約で身に着けるものすら新調していないだろう。


 宿屋の夕食時間まで余裕はあるが、乗り合い馬車が捕まらなかった時の事を考え、早めに宿屋へ戻る事にした。宿屋の部屋に戻ると父からの返事が届く。


 封筒から手紙を取り出すと、実家の借金は既に完済したらしい。


 商業ギルドの傘下にある金融機関が、父たちが必死で返済していたお金を着服していたようだ。本来なら私が十五歳の時に完済していたらしい。

 それが発覚したのは高位貴族の方が運営の見直しを提案し、商業ギルドが動いて傘下に入っている業者を徹底的に調べた事で判明した。


 商業ギルドからローレンス伯爵家へ、正式に謝罪と過剰払い分に加えて慰謝料が送られたようだ。

 その事に加えて父から話があるようなので、明日は王宮へ行く事になるらしい。



「ちょっと待って」



 王宮へ行くという事は、普段着ではいけないという意味である。


 ドレスを買っておいて良かったと思う。

 夕食が済んだらドレスをリメイクする必要がある。王宮に相応しい装いが求められるので、私が買ったシンプルなデザインの物では正式な場に相応しくない。


 元からリメイクするつもりでシンプルな物を選んだので、今夜は徹夜になりそうだ。


 私は空間収納から購入してきたばかりの服を取り出す。続いてトランクも出しておく。この中に裁縫箱が入っているので、裁縫箱がなければリメイク出来ない。


 私は夕食を済ませた後、水色のドレスに刺繍を刺し始めた。


 ドレスの色が水色なので自分の髪の色である金色の刺繍糸を選び、ざっと頭の中に模様をイメージすると生活魔法の応用で刺繍を施す。一針ずつ刺すのも好きだが時間が足りない。

 ついでに着古した服を夜着用に作り替える。ウエストの部分を広げ、窮屈にならない形にしていく。


 ゆったりした形の夜着の方が安眠できるのだ。


 古い服のリメイクが終わってから湯あみをしてベッドへ潜り込む。

 父への差し入れを持参する為に、早めに宿屋を出る事にする。


 宿屋で朝食を済ませると、私は午後まで部屋でのんびり過ごす。昼食を食べ終わってから王宮へ向かう準備をし、受付の女性に夕食は不要と申し出る。


 私が着飾っているので、外食をするのだろうと察したようだ。


 そのまま外へ出ると、乗り合い馬車に乗って王宮の近くで降りる。父への差し入れを買う為に、焼き菓子の専門店を探す。この辺は来た事がないので、どんな店があるのか分からない。



「ローレンス伯爵令嬢」



 背後から声をかけられ、相手を確かめる。


 私に声をかけてきたのは、貴族学校の同級生だったヴァネッサ・ホルン伯爵令嬢。彼女とは良い関係だったと思う。他の同級生が私を遠巻きにしても、彼女は普通に接してくれた。


「ホルン伯爵令嬢、ごきげんよう」


「ごきげんよう。貴方が元気そうで安心したわ」



 私の手を取って笑顔を向ける。



「貴方こそ……」


「ローレンス伯爵令嬢が自主退学をされて残念に思っていたのよ。卒業まで残り半年だったのに……貴方と一緒に卒業できなくて、本当に悔しかったわ」

 

「ありがとう」


「それにしても、少し雰囲気が変わったのね」


「そう? 自分じゃ分からないわ」


「雰囲気が柔らかくなった感じかしら?」



 特にこれといって心当たりがない。


 学生時代の自分がどのように見られていたか、あまり気にした事がないのだ。



「王都には用事があって来たの?」


「ええ、父への面会に来たのだけど、焼き菓子を差し入れにしようとお店を探していたのよ」


「それなら、この通りの右側に美味しい焼き菓子の店があるの。そこはお勧めよ」


「まあ! 父も喜ぶわ」


「それより、今度の舞踏会へは参加するのでしょう? 去年のデビュタントに貴方の姿が見当たらなかったから、わたくしは壁の花になっていたわ」


「それは言い過ぎよ」


「あら、事実だわ」



 ヴァネッサ・ホルン伯爵令嬢は道に不案内な私の為に、焼き菓子店まで同行してくれた。


 久しぶりに会えた同級生との別れが惜しい。貴族学校を退学する時には感じなかったが、こうして改めて彼女に会うと最後の別れをすれば良かったと後悔する。



「貴方に会えて良かったわ。その……手紙を書いても良いかしら?」


「勿論よ! わたくしも手紙を書くわね!」



 思いがけず偶然再会したヴァネッサ・ホルン伯爵令嬢と別れ、私は購入した焼き菓子を手に王宮へ向かった。






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