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リリアーナの選択  作者: 尾木 愛結
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 こちらは邸の主の執務室。


 主は漆黒の髪に青紫色の瞳をした、他人を寄せ付けない氷のような美貌の持ち主である。彼の眼差しは絶対零度のように冷たく突き刺す。今はプライベートエリアという事で、認識阻害の魔法を解除して素の姿を晒している。


 室内には執事が執務机の前に立ち、侍従は主の背後に控えていた。

 執務室の扉の前には護衛騎士が二人。


 この邸は隠家として建てたもの。

 主に領地にある城で執務を行っている事が多いが、領地には当主の座を退いた両親が隠居生活を送っているので、何かと理由をつけて呼び出される事が多い。


 大体が結婚についての内容なので、両親に内緒でこの邸を建てたのだ。


 そして王都にある邸には一人息子が住んでいる。

 男性の一人息子は十八歳であり、貴族学校へ通う学生だった。貴族学校は全寮制ではあるが、規定としては十六歳の誕生日を迎えたら寮を出る事が可能となる。


 王都に邸宅を持つ者に限られるが、ほとんどの者は寮に残る事を選ぶ。


 しかし男性の息子は寮に残るより、王都の邸宅から通う事を選んだようだ。更に十八歳で卒業する事を決めているらしく、その後は領地で代官の仕事につく予定らしい。


 男性の息子は幼い頃から女性に追いかけ回され、そのトラウマで女性不振を患っている。


 息子を産んだ女性に対して嫌悪感は持っているが、息子に対しては同情しかない。男性が十五歳の年にお披露目として社交界にデビューした夜、彼より九歳も年上で魅惑的な体を持つ女性に媚薬を盛られて襲われた。


 両親の目が離れた一瞬の隙を狙われたのである。


 いきなり女性に腕を引かれて夜会用の休憩スペースへ連れ込まれた。当時の男性は十五歳にしては体が小さく、同年代の子供より成長が遅かったのである。そんな彼が九歳も年上の大人の女性に、力づくで抵抗しても逃れる術はない。

 女性により裸に剥かれ、いかがわしい薬を体に塗られる。


 それだけじゃ飽き足らなかったのか、あろう事か女性は男性に口移しで薬物を飲ませたのだ。

 そこから先の記憶が全くない。


 事が終わって呆然自失としていた時に、両親が救い出してくれた。

 体内に危険な薬物の痕跡があった事から、医師に解毒剤を処方して貰ったおかげで後遺症は免れたのである。しかし男性は悪夢に魘される様になり、安静の為に入院して療養していた。


 ようやく悪夢から解放されて退院した矢先、再び災難が襲ってきたのである。


 おそらく潜在意識が恐怖に見舞われたのが理由だろう。

 男性を襲った女性が懐妊したのだ。


 まだ十五歳だった男性は、いきなり父親になってしまったのである。


 貴族男性の結婚は十八歳にならないと認められない。女性の方は二十四歳で既に行き遅れの年齢だった。その女性は結婚に焦ったのか、自分に靡かない相手に振り向いて貰いたくて暴挙に出たのか分からない。


 女性は男性遍歴を自慢するような身持ちの悪い女だった。

 あのお披露目会の時に、女性と婚約していた相手が身持ちの悪さを理由に、婚約破棄を申し出たのが原因らしい。婚約者に捨てられた事がショックだったのだろう。


 女性と偶然目が合ってしまったのが不運としか言いようがない。


 女性の家から懐妊した責任を取れと言われ、男性の両親が女性の家の人間との交渉が成功した。元はと言えば女性の方が全面的に悪く、落ち度のない男性側に押し付けられても困る。

 更に本当に男性の子を身籠っているなら、女性を野放しに出来ない。男性の家は開国から続く名門の家なのだ。


 あまり良い噂を聞かない女性という事で、息子を出産するまで女性の存在を隠した。

 女性の家からも、どう扱っても良いと言質を取っていたのである。


 本音は托卵であれば良いと願っていたが、生まれた子は間違いなく自分の血を受け継いでいる。生まれて来た子の魔力がそれを物語っていたのだ。

 女性の方は魔力の多い子を産んだのが原因で事切れたのである。


 あまりにも魔力量の違いで体がもたなかったのだろう。

 魔力の多い子を産むと母体は魔力欠乏症になり、それが悪化すると魔力枯渇症を引き起こして死に至る。魔力は命の源なので、枯渇すると死に直結してしまう。


 男性は国内でもトップクラスの魔力量を誇っている家系だ。相手との魔力量の差があり過ぎると、女性の方は出産時に命を落とす。子が母体から魔力を吸い上げてしまうのも理由の一つ。


 そういった経緯で生まれた子に愛情が持てるはずもなく、男性の息子を育てたのは乳母とメイドの二人である。男性の両親は想定していなかった孫に、複雑な心境だった事だろう。

 男性も貴族学校に通う学生の立場でいた為、父親として未熟だったのだ。


 ようやく息子と向き合える年齢になった頃、男性と息子の距離は遠く離れていく。

 家族というより他人同士。


 男性の両親は唯一の孫に期待していない。

 その為、両親から結婚話が持ち出されるのだ。男性の見目は女性がうっとりする程の美貌を誇り、彼が生まれた血筋もまた女性が群がる要因の一つである。


 欲にまみれた女性ほど醜いものはない。

 男性に近づく女性は、自分の美貌を武器にするしかない者。そして頭が空っぽで知性を持たないタイプが多かった。過去に気になる女性が一人でもいれば良かったのだが、生憎それも叶わなかったのである。


 ほとんどの女性は二面性を持つ生き物。


 異性の前では演技をして媚びを売る。しかし、同性の前では薄汚い本性を現すのだ。それを目にする度に男性は結婚する気が起きず、女性に対して萎える一方である。


 そんな中、自分の息子が後継者として不能という結果が出てしまった。


 男性は自分が結婚する選択肢しかない事に悩む。

 唯一の息子が女性不振だけならまだ良かったのに男色に走ったのだ。


 自分も女性に対して同じだから気持ちは良く分かる。


 しかし男色に走ってしまったのなら、どう足掻いても息子の結婚は望めない。そこで目の前の執事に思わずぼやいてしまったのだ。結婚をせずに子だけ産んでくれそうな相手がいればーーと。


 男性と執事は意見を出し合って、確率は低いが賭けに出たのだ。


 男性の息子が貴族学校へ入学する日、男性は足を運んで校内に仕掛けをする。それが発動するのは何時なのか。発動しないまま不発で終わってしまうかもしれない。


 じわじわと時間が流れる中、男性は賭けに勝った。


 数年経ってようやく仕掛けが発動したのである。相手から連絡が届いてすぐに素性を調べた。古くから続く伯爵家の令嬢で、天災によって借金を負ってしまったが由緒正しい血筋である。


 そしてーー忠実な執事は子を産んでくれる令嬢を連れて来た。


 これまで出会った女性と全く違う。

 異性を知らない真っ新で初心な令嬢だった。



「旦那様、雇われたお嬢様は如何でした? 私の推測では波長が合わられる方と断言できます」



 執事に問われた男性が顔を上げる。



「そうだな、あの女とは全く別だった」



 彼がそう答えると、執事もその相手を思い出したのか苦い表情を浮かべた。



「あのご令嬢の素性は念入りに調査済みでございます。五年前の災害で国から助成金が送金されましたが、おそらく属性魔法の使い手がいなかったのでしょう。助成金だけでは足りず、商業ギルドの金融機関に借金をして復興されたけど、利息を返済するだけで元金が減っていない状況のようです」


「そうか」


「家族思いの所も好感を持ちましたが、ご令嬢の知的好奇心が強い部分が特に気に入りました」


「どんな話をしたんだ?」


「ご令嬢は他国語の言語で書かれた本がお好きなようです。それも歴史書を特に好んでお読みになるとか。他には魔法書と魔導書も読んでいると聞いております」


「なかなかの勉強家だな」


「ほぼ独学で学んだそうです。卒業まで残り半年でございましたのに、学費を捻出できずに退学をするのは不運としか言いようがありません」


「ローレンス伯爵家の当主と嫡男の二人は、次男に領地を任せて宮廷官吏として勤務していたな。それよりも宮廷官吏の給金でも借金が減らないのは不可思議だ。嫡男の方は財務省に属している部門の役職のはずだが」



 財務省はエリートが集まる部署の一つ。

 最低でも金貨八十枚の賃金で半分を返済に充てても、五年の間に返済は完了している計算だ。


 商業ギルドの金融機関で借金した金額は金貨二千三百枚。

 利子がついても余裕で払い切れる。



「商業ギルドというより、金融機関の方がきな臭いな」


「影を使いますか?」


「お前に任せる」



 男性は執事に要件を言い終わると書類の方へ視線を落とす。


 再び執務室に静寂が訪れる。

 紙の動く音とペンを走らせる音が室内に流れた。

 




 数日後ーー調査結果が机の上に乗っている。



 ローレンス伯爵家は月々に金貨四十三枚ずつ払っているが、その金貨は全て利息として領収されていた。

 融資が金貨二千三百枚の場合、利息は高くても月々銀貨五枚が相場である。


 金貨四十三枚ずつ返済しているなら、とっくに完済済みの案件だ。


 実際は利息だけを払い続けさせ、元金に一切触れさせていない。ローレンス伯爵は頭脳派と聞いているが、さすがに商業ギルドの看板を背負った金融機関に対し、疑う真似はしたくないのだろう。


 実際それを隠れ蓑にローレンス伯爵以外にも、食い物にしている家が幾つも存在していた。不運な事に資金繰りが続かずに一家離散した家もある。


 この悪徳金融機関を立ち上げているのは、スメー男爵とゲード子爵の共同事業である。

 この二家を取りまとめているのが、カバネル伯爵だった。


 商業ギルドの傘下として加入していたのは、二家の共同事業で「バズー金融組合」という名で登録されている。その実態はカバネル伯爵が影の経営者という所だろう。

 普通の手段ではカバネル伯爵まで辿り着けない。まず疑われるのはスメー男爵とゲード子爵だが、おそらく自分の名が出ないように躾ている可能性がある。


 カバネル伯爵は貴族学校時代から、ボワイエ伯爵夫人の情夫だ。

 ボワイエ伯爵夫人は自称高貴な家の分家と称しているが、正確には高貴な家の主人に忠実に仕えていた侍従に、褒賞の意味を込めて伯爵位を譲ったに過ぎない。


 ボワイエ伯爵家の始祖は一介の使用人である。


 それを数代前から血迷ったのか、高貴な家の分家と偽りを称するようになった。古くからある家の者は偽証だと知っている為、誰一人として信じていないがーー伯爵家よりも下の者は真実を知らされていない。

 

 スメー男爵とゲード子爵も、それらが理由で逆らえないのだろう。


 更に厄介な事にボワイエ伯爵夫人は男性に言い寄って来るのだ。男性だけじゃなく、その息子にも色目を使っていたらしい。ボワイエ伯爵夫人は男性を恐怖と悪夢に導いた、あの女性と同じタイプである。

 悪徳商法でカバネル伯爵に集まった金は、考えるまでもなくボワイエ伯爵夫人へ流れているだろう。


 実直なローレンス伯爵家を食い物にした事を後悔させてやる。


 男性は執事にカバネル伯爵を筆頭に、スメー男爵とゲード子爵を道連れに潰すように言い渡す。

 商業ギルドに監査官を入れるように指示を出し、ローレンス伯爵が返済した過剰分の返還と、規定の倍以上の慰謝料の請求も忘れずに付け加える。


 借金の足しにしようとした王都のローレンス伯爵邸を取り戻す。それだけではなく、オクレール侯爵家の者と一緒に老朽化していた邸の外観と内装を含め、修繕魔法でかつての姿を蘇らせたのだ。

 ここでローレンス伯爵に恩を着せ、一人娘のリリアーナを貰い受ける事を承諾させる。


 まだ十六歳の彼女は、両親の承諾がなければ結婚は出来ない。

 男性はリリアーナを娶りたい旨を伝え、そして彼女と合意の上、婚前交渉した事を説明する。さすがにローレンス伯爵は父として娘に手を出した事を責めたが、責任を取るという事で怒りを鎮めてくれたようだ。


 おそらく父親として複雑な心境だったのかもしれない。


 ローレンス伯爵の承諾を得て婚姻届けを出しておく。その帰りに男性は両親に婚姻届けを出した事と、その相手が懐妊している事を告げた。


 息子が長期休暇で帰宅してきた際に、男性が婚姻届けを出して結婚した事、そして弟が生まれたら嫡男の立場から解放すると一言。これで息子を開放してあげられる。


 男性が初めてーー息子に対して父親らしい事をしたと思えた瞬間だった。


 

 





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