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リリアーナの選択  作者: 尾木 愛結
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 不意に室内の空気が変わる。


 ーー空気が変わったというより、温度が下がった?


 適度な室温だったはずが、身震いするほど寒々とした温度になっている。



「お前の資金とはローレンス伯爵を含め、幾つかの家から横領していた金だろう?」



 旦那様が瞬間移動で戻ってきたようだ。

 この瞬間移動の魔法は便利で、私も活用する為に練習を繰り返している。


 ーーそれより、旦那様はローレンス伯爵と言った?



「レイモンド、遅かったじゃない」


「俺じゃなくアドリアンに文句を言ってくれ。公式に爵位返還になった。元々は数代前の当主が権利を持っていたから、歴代の爵位譲渡の契約書を探すのに時間を要したらしい」



 義理母と旦那様はボワイエ伯爵夫人に対して物凄く怒っていた。


 その理由を詳しく聞いていないが、私もうっかり「罰として爵位を返還して頂いたら?」と口を滑らせたら、二人は顔を見合わせて「その手があった!」と、物凄く良い顔をしたのである。


 そして先ほどの旦那様の言葉。

 私の家の借金に絡んでいたらしい。


 私の膝の上にいたアリスティドが、旦那様の方に向かって手を広げている。



「ぱぱ!」



 旦那様がアリスティドを抱き上げた。

 


「アリスティド」



 アリスティドはまだ一言二言しか話せないが、言葉が話せるようになったおかげで、以前より意思疎通が分かりやすくなっている。

 旦那様も子供の抱っこが上手くなり、今ではアリスティドをあやすのはお手のものだ。


 父親に抱かれているアリスティドは、すこぶる機嫌が良い。

 高身長の旦那様に抱かれているのだから、いつもと景色が変わって見えるのだろう。



「……本当にレイモンドの子なの?」


「お前に名を呼ぶのを許した覚えはないし、何度も名を呼ぶなと言っていたはずだが?」



 絶対零度を纏った旦那様が顔を顰めた。

 普段は穏やかな顔をしているのに、他人を見る目つきは本当に冷たい。


 貴族学校では先輩も同じ表情をしていた。

 他人を寄せ付けない空気を纏い、その視線は凍る程に冷たい。誰も信じられないといった絶望の果てに得た仮面。その仮面は旦那様と先輩が自身を守る為に得たものだ。


 ーー旦那様の場合は少し違う気がする。



「わたくしの事も伯母様と呼ぶのよ。何度も注意しているのに……」



 絶世の美女がぷんぷんと怒っている姿も美しい。


 義理母の「伯母様」呼びもそうだが、旦那様の名前呼びも気になっていたのだ。あまりにも連呼するから、もしかしたら本当に名前呼びを許しているのか。


 実際はボワイエ伯爵夫人が勝手に呼んでいるだけだった。



「旦那様が許していたわけではなかったのですね」


「私の名を呼べるのは両親と従兄弟、それにリリアーナだけだ」



 そして旦那様はボワイエ伯爵夫人に厳しい事を告げる。


 数代前の当主が善意で譲った爵位と領地だが、ボワイエ伯爵夫人の祖父母の代から「公爵家の分家」と虚言を言い出したこと。それだけなら虚言罪や偽証罪で済んだが、水面下で法を犯していたのが決定打だ。


 そしてボワイエ伯爵夫人の情夫ーーカバネル伯爵が悪徳金融機関の親玉で、私の父が必死で働いて得た借金の返済を横領していたらしい。カバネル伯爵は横領して手に入れたお金を、ボワイエ伯爵夫人に流していたというのが真相。

 そのお金が途絶えた事でボワイエ伯爵夫人は窮地に陥り、旦那様に融資を願い出たようだ。


 どうして旦那様が融資の話に乗ると思ったのだろう。

 全く旨味もない話に乗るわけがない。


 その数代前の当主が侍従へ譲った爵位譲渡の契約書を、アドリアン・アングラード王弟殿下が探してくれたそうだ。爵位譲渡に関するものは王室管理の案件だが、その責任者であるアドリアン・アングラード王弟殿下が自ら動いたらしい。


 爵位譲渡の契約書が見つかったので、旦那様はその場で爵位返還に関する書類と契約破棄を済ませ、此方へ急いで来たとのこと。爵位返還の書類は受理されたので、ボワイエ伯爵夫人は伯爵夫人の立場ではなくなった。


 ボワイエ伯爵家に準ずる家系は、速やかに領地から撤退を余儀なくされる事だろう。

 これまで横領で得ていた財産は全て没収となる。

 これは当然の事だ。


 ボワイエ伯爵夫人の夫は離婚を申し出て、平民の女性と再婚する事を選んだ。

 そして元ボワイエ伯爵夫人ことサビーヌと、長女のロクサーヌの二人は日ごろの評判が悪く、サビーヌの両親らと一緒に罪人奴隷となって強制労働を強いられる。


 次女のフランシーヌは貴族学校で真面目に勉学していたようだ。その事を考慮し、商家の家へ養女として迎えられたらしい。貴族ではなくなったが、裕福な商家の家だから、何不自由のない生活を送れるだろう。




 それから半年後ーー旦那様と私の結婚式が、王都の大聖堂で行われた。


 こちらも私が預かり知らぬ所で人が動いていたらしい。大聖堂での式も結婚式用のドレスも全て、私の両親と義理の両親が隠れて準備していたようだ。

 さすがに大聖堂での衣装は宮廷用の公式衣装。

 普通のドレスが三着も作れそうな程、長い生地で作られる。ゆったりした着心地は良いが、さすがに三着分の布で作られているので重いのだ。


 旦那様は軍服スタイルだが、上着に飾られている装飾品やマントで重量感タップリ。相変わらず外では絶対零度の空気を纏っているが、誓いの口付けの時に旦那様と対面した際は、雪解けのような柔らかい表情を見せられてノックアウトされた。


 先輩は勿論、アリスティドとラファエルも式に参加している。

 私の両親が互いに一人ずつ抱いて手放さない。二人は王都にいるから孫に会える機会が少ないのだ。長兄の子供がいるので寂しくはないと思うが、両親の中では娘が生んだ孫は別だと言う。


 そして式が終わって現在は王都の公爵邸。

 結婚披露宴というもので、式に参加していなかった者たちへのお披露目である。



「おめでとう!」



 母がラファエルを抱きながら笑みを零す。

 大聖堂での式は厳格な催しで、こうして家族と対話する事が出来なかった。


 私は大聖堂で着ていた花嫁衣裳から、別のドレスに着替えている。衣装替えが三回もあるらしい。同じ衣装のままではいけないのだろうか。衣装替えをしている時に呟いたら、「結婚式と披露宴は、一生に一度の大イベントなのよ! 衣装替えをしないのは貴族令嬢として恥だわ」と、逆に怒られてしまった。


 最初はアイボリー地の清純な雰囲気のドレスで、二回目の衣装は薄紫色のドレープスタイルのドレス。このドレスは動きにくくて、旦那様のエスコートがないと歩けない。スカート部分にワイヤーが入っているせいで、歩くのもぎこちなくなるというものだ。


 そして現在のドレスはシュミーズタイプのドレス。袖とスカート部分がふんわりしているので、動く時に注意は必要だが、式の時の衣装から三着も格式高いスタイルの重いドレスだったのだ。

 ようやく一人で歩けるドレスになっただけでホッとする。


 旦那様の方は衣装替えもなく、披露宴も軍服スタイルのままだ。

 あれは絶対に衣装替えに反対して、一着だけで落としどころを見つけたのだろう。だから装飾品が多目の衣装になっても、この一着だけだから目を瞑ったと言う所か。


 ーー旦那様だけズルい!


 旦那様はジョルジュ・アングラード王弟殿下と、アドリアン・アングラード王弟殿下の三人で談笑している。談笑しているのは王弟殿下の二人だけで、旦那様は無表情の極みでいる。

 


「リリィ……綺麗だよ」



 父が涙ながらに言う。

 今日はずっと父の泣き顔しか見ていない。


 いつもの柔和な父の顔の方が安心するのに。

 父とは逆で母は始終ずっと笑顔を貼り付けたままだ。余程この結婚式を楽しみにしていたのだろう。それと初めて対面した私の子供。


 カーマイン公爵領へ出向いたきり、私も両親に会いに戻っていなかった。

 そういえば父が抱っこしていたアリスティドが、なぜか義理母の方に渡っている。母の方はラファエルを死守するのに成功したようだ。



「おめでとう」



 横から話しかけられて顔を向ける。



「有難う、ホルン伯爵令嬢」



 ヴァネッサ・ホルン伯爵令嬢とは手紙のやり取りをしていた。

 さすがに旦那様との出会いについて話せないが、ひとまず彼と結婚した事は教えている。


 旦那様とは入籍だけ済ませているが、式を挙げていないのは妊娠していたのが理由とも。無事に出産を終えて体力も回復したから、結婚式を挙げるに至ったーーこれは嘘ではない。

 結婚式自体は私が望んだ事ではないが、両親への親孝行と思えば良いのだ。



「入籍だけ先に済ませていたとはいえ……可愛い子が二人もいるなんて羨ましいわ。あの麗しの貴公子が義理息子なんて信じられない」


「私も先輩が息子になるなんて思ってなかったわ」


「旦那様が絶対零度の公爵様……本当に大丈夫? 幸せになってね」


「勿論よ。ホルン伯爵令嬢も婚約者の方と幸せになって欲しいわ。式の日取りが決まったら知らせてね」


「すぐに知らせるわ」



 ホルン伯爵令嬢は婚約者に呼ばれて去ってしまった。

 この後は私と旦那様は中座して、初夜を迎える準備をするらしいがーー二人も子を産んでおいて、初夜はないと思う。しかし、これが結婚式の流れらしい。


 今夜は私の両親と義理両親が、アリスティドとラファエルを見てくれるそうだ。

 私と旦那様は思い出の邸で過ごす予定。


 あの邸は旦那様の隠家で、城に押しかける迷惑な雑音から逃れる為に建てたものらしい。

 完全に一人暮らし用の大きさだ。



「リリアーナ」



 王弟殿下との話が終わったのか、旦那様が目の前にいる。

 こうして改めて見ると、先輩の父親にしては外見が若いと思う。年齢的にも私の父の方が近い。しかし魔力量が多い者は一定の年齢で見た目が止まる。


 旦那様は二十代で見た目が止まっている状態だ。

 白い軍服スタイルに漆黒の短い髪。美しい青紫色の瞳ーーその姿は若い青年そのまま。



「旦那様」



 私が振り向くと、旦那様は小さな息を漏らす。



「レイモンド」



 旦那様が名を呼べと圧をかけてくる。



「……」


「レイモンド」



 今度は距離を縮めて詰め寄ってきた。

 これはーー名を呼ぶまで甚振る気に違いない。



「さあ、リリアーナ?」



 じりじりと詰め寄ってくる旦那様に、私は一歩ずつ後ずさる。

 旦那様が一歩近づく度に後ろへ下がるも、気が付けば背中に壁が当たって逃げ場がない。



「だん……」


「レイモンド」



 この問答を楽しんでいるのか、旦那様が薄笑う。



「仕方ない、今は許そう」


「?」


「この場から出るぞ」



 旦那様が私を腕に抱きしめた瞬間、視界が暗転する。

 足が地に着いた感覚に目を開ければ、懐かしい光景が視界に飛び込む。


 ここはーーあの部屋だ。


 部屋の内装もベッドも何もかも変わっていない。



「懐かしいわ」


「お久しぶりでござます」



 あの一年半余り、お世話になったルセがいた。



「ルセ!」



 最後に会った時のまま変わっていない。

 まだ二年しか経っていないのだから、そう簡単に人の外見が変わるはずはないけど。


 彼女の変わらない姿にホッとする。



「お元気そうで何よりでございます」



 ルセも笑みを浮かべながら頷く。



「本日より十日、此処で世話になる」



 旦那様の言葉に唖然となる。



「え?」



 ーー十日もなんて聞いてないんですけど!?


 世間一般の結婚初夜って一日じゃないの?

 私の認識が間違っている?


 旦那様の言っている事が理解できないんですけど?



「左様でございますか。それでは、そのように取り計らいましょう」



 そう言ってルセが退室して行った。

 部屋に残ったのは私と旦那様のみ。


 じっと旦那様の顔を見つめていると、彼がにやりと笑みを浮かべる。



「結婚休暇だ」



 結婚休暇と聞いて納得してしまう。


 歴史書にも貴族の結婚式について載っていた。領主の結婚式になると短くて二週間、長くて三か月も休暇を取る場合があると。普段は仕事に追われているから結婚式を挙げた時くらい、ゆっくり過ごす為のもの。


 そしてーーその最大の目的は子作り。


 さすがに立て続けに子を産むのは避けたい。



「アリスティドとラファエルは?」



 王都の邸に残してきた子供の事を言うと、それは大丈夫だと告げられた。



「母上が喜んで引き受けた。私とラインハルトの世話は、乳母やメイドに任せきりだったからな。孫は自分の手で世話をしたいらしい。当分は帰って来るなと言われた」


「ーー」


「時間はたっぷりある。名前を呼ぶ練習が出来るな」



 いつの間にか私は旦那様の腕に抱きしめられていた。

 旦那様は長身なので、私の顔は彼の胸元にギリギリ届く程度。


 完全にホールドされては身動きが出来ない。



「ーー!!」


「リリアーナ」



 旦那様が私の耳を噛む。



「私……当分、子はいらない」


「あれは子を作る為の行為でもあるが、本来はーー」



 夫婦の愛情を確かめる為のものだと囁かれる。

 子は運任せ。


 夫婦の愛情を確かめ合った末に出来るのが子供だと言う。


 ーーちょっと待って! じゃあ、私たちは完全に逆の事をしている。


 先に子を作って結婚。

 旦那様も最初は、こんな感じではなかったはずだ。


 ーーもしかして、私は最初から選択肢を間違えた!?



「リリアーナ、お前を逃がしてやれない。諦めろ」


「……レイモンド様、お手柔らかに?」


「当然だ」



 そう言った直後に、私の唇は塞がれた。


 旦那様と二人きりの蜜月ーーあの時のような日々が再び繰り返される。


 絶対零度の眼差しで他人を寄せ付けない旦那様だが、私に向ける眼差しは春の日差しのように温かい。彼の腕に抱かれて眠るのは、とても安心する。力強い腕に守られていると実感するのだ。


 私は旦那様と一緒に生きていく。

 そう固く決心した夜だった。





  ーー   END   ーー

 



 

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