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リリアーナの選択  作者: 尾木 愛結
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 アングラード王国の王都から馬車で約四時間。

 ローレンス伯爵領は王都に近い領土だ。


 現在は五年前の災害による影響で借金を負い、没落寸前の状況下にある。この災害は各地域でも多少の影響は見られたものの、国内でローレンス伯爵領だけが大規模な災害に見舞われた。


 領主が被害申請をして国から補助金が送られるも、領地内の農業地帯を回復させるには資金が足りず、商業ギルドの金融機関に借金をしてしまったのが更なる不幸の始まりーー。


 金融機関で借金をすると利息がつくのである。


 領民の中で属性魔法を使える者がいれば、農地の回復も早かったのかもしれない。残念な事に領主を始め、ほとんどの人間は生活魔法しか使えなかった。


 借金返済も微々たるもので、肝心の元金が減らずに利息だけを入金している形である。

 王都にあった邸と家具を売り払ったのに借金が減らない。


 父は前の職場の伝手を頼り、王都で宮廷官吏として出稼ぎに出る決断をした。長兄は父が現役だった為、貴族学校を卒業した後は宮廷官吏として働き、現在は財務省の管理職まで出世している。


 領地に残ったのは母と次兄だが、長兄と次兄は結婚して所帯を持っているので、次兄を中心に母と兄二人の妻が領地を統治している状況だ。


 そしてーー私リリアーナ・ローレンスは、全寮制の貴族学校へ通う十六歳。


 ローレンス伯爵家の長女だが末っ子である。

 趣味は読書で特技は裁縫と刺繍。


 昨日の夜、父から届いた手紙で学費が払えず退学する事が決まった。卒業まで残り半年という残念な結果になったけれど、私は社交性がなくインドアな性分だった為、学校を退学する事に関しては未練はない。


 心残りがあるとすれば図書館が利用できなくなる事。


 専門書や他国の本はとても高価だから、それが読めなくなるのが残念である。今日は授業の後に退学手続きを済ませたので、図書館で最後の読書を楽しむ所だ。


 もう一度読み返したかった本を探す。


 どこかの国の本でとても興味深い事が書かれていたものだ。ジャンルとしては歴史書だが、その本の著者は過去の偉人の人間模様を描いているので、恋愛小説みたいな内容になっているのが面白い。

 その本がきっかけで他国語に興味を持ち、色んな国の文字や言葉を覚えた。


 目的の本を見つけて本棚から取り出そうとしたら、本と本の間に紙が挟まれていたのか、その紙がはらりと床へ落ちていく。パッと見て新聞の切り抜きに近い。



「ーー!!」



 その文面に目を通すと高額バイトの求人だった。



 未婚で婚約者のいない貴族令嬢。

 年齢は十六歳から二十歳まで。

 一年間の住み込みで状況により延長する場合あり。

 報酬は金貨二百五十枚、別途特別手当も考慮する。



 一年間での報酬が金貨二百五十枚というのは、平均的な相場なのか分からない。


 父や兄の給与の金額すら知らないのだから当然である。

 身内の給与の数字は知らなくても、授業である程度の平均値は教わった。


 平民の場合だと農夫や下働きの給与は銀貨四十枚から五十枚、ランドリーメイドは銀貨二十枚前後。

 下級メイドは銀貨五十枚が相場。


 そして衛兵は見習いと下級で銀貨六十枚、中級は金貨二枚、上級になると金貨五十枚に跳ね上がる。ほぼ上級は貴族籍の令息なので高額なのだと思う。


 上級メイドも貴族令嬢しかなれないので金貨五枚。

 侍女まで出世すると金貨三十枚になるので、誰もが出世を願う。


 宮廷女官は見習いで金貨二十枚、正式な女官になると金貨五十枚になる。こちらは貴族令嬢でも子爵家以上と規定があるので、爵位に応じているのかもしれない。


 宮廷官吏は雑用で銀貨五十枚、上司につく見習いが金貨六枚、正式採用で金貨十五枚なので、役職につくと更に金額が増える。こちらは能力重視なので人気の高い職業と言えるだろう。


 これらの事を考えると、一年間で二百五十枚というのは少ない気がする。


 ーー作業時間が短い、もしくは仕事の内容が簡単なのか?


 私は切り抜きを凝視しながら考える。

 明後日には寮を出なければいけないので、住み込みの仕事にありつけるのは有難い。


 領地に戻っても私は役立たずなのだ。

 それなら住み込みで働いて収入を得れば、家に仕送りが可能となる。



「決めた」



 これは選択する余地はないだろう。

 私は寮に戻って父へ手紙を書いた後、切り抜きに記載されている連絡先へ手紙を送った。








「リリアーナ・ローレンス様ですね」



 目の前に現れたのは、この国では珍しい灰色の髪をした四十代くらいの上品な紳士。物腰がとてもスマートで、どこかの家の執事のようだ。


 二日前に出した手紙の返事は、翌日の朝には届いていたので驚きである。


 待ち合わせ場所に指定されたのは、貴族が経営しているという宿屋の一室。受付で事情を説明したら案内されたのだ。室内はベージュに合わせたカーク色のインテリア。


 壁紙やカーテンといった布素材はベージュで統一されていて、ベッドやテーブルに椅子といった家具類は木目調が美しいもの。華美というより洗練された高級感溢れる室内だ。


 私は二人掛けのソファへ腰を降ろし、待ち合わせの相手の到着を待つ。



「こちらをどうぞ」



 宿屋の支配人らしき紳士からお茶を頂く。

 ホッと一息ついた所で待ち人が現れたのだ。



「ご連絡を有難うございます」


「はい、はじめまして」


「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ。まず先に、こちらに目を通してサインを頂けますか?」



 すっとテーブルの上に置かれたのは、魔法契約書である。


 この書類を出してきたという事は、これから彼が話す内容を多言してはいけないという意味。

 こくりと喉が鳴ってしまう。


 私は選択肢を間違えてしまったのだろうか。



「よくお読みになってからで大丈夫ですよ」


「……はい」



 紳士が緊張を解すように笑みを浮かべる。


 契約書を手に取ると記載されている文面に目を通す。この書類でも詳細は記載されていない。項目は短いが、やんわりとした表現のものばかりだ。


 一、仕事の内容は身内は元より、他言は一切禁止

 二、契約期間中は外部との連絡は禁止とする

 三、契約終了後も他言禁止は続行となる


 ここまで徹底した形にするのは、雇い主が高位貴族ーーそれも上位に位置する相手としか思い当たらない。


 余程外部に漏れたら不味いのだろう。



「あの……質問をしても宜しいですか?」


「はい、答えられるものでしたら」


「その……外部との連絡を禁止するって所なんですが、報酬が月々に頂けたら実家へ仕送りしたかったので、それも禁止という事でしょうか?」


「ああ、五年前の! こちらへ連絡して頂けたのも、報酬を借金の返済に充てる為でしたね。そういう理由でしたら、こちらから代筆して仕送りさせて頂くのは可能でございます」


「その事が気がかりだったので……宜しくお願い致します」



 たとえ代筆であったとしても実家へ仕送りが可能であれば、両親や兄たちが心配する事はないだろう。



「どうぞ」



 私はサインした魔法契約書を紳士へ差し出す。



「ーーはい、確かに」



 紳士は魔法誓約書を折り畳んで胸ポケットへ入れると、背筋を伸ばして私の方へ視線を向けた。



「改めて仕事の内容を説明させて頂きます」


「はい」


「お嬢様にして頂く仕事というのは、お子を出産する事だけです」


「ーーえ?」


「こちらの理想は男児の出産ではございますが、この際どちらでも構いません。お嬢様が懐妊されるまで行為は必要となります。万が一、女児だった場合は延長もあり得ますが。あくまでもお嬢様の意見を尊重致しますので、延長は強制ではございません。お子を出産するというのが仕事なので、それ以外の時間は自由に過ごす事は可能でございます」



 私の聞き間違えなのか。


 ーーお子を出産と言った?


 いくら私でも子を作る時に、どんな事をするのか知っている。



「あの……」


「はい」


「私は身内以外の異性と手を繋いだ事すらありません。それでーーその、閨を何度も行わないと子が出来ないのですか?」



 私の質問に紳士は静かに微笑む。



「そうですね、一般的に一度の行為で懐妊する事はありません。一度で懐妊するのは奇跡に近いのです」


「勉強不足でごめんなさい」


「いえ、不安に思われたのでしょう」


「自由にしても良いとは、具体的な事を聞きたいのですが……」


「これから向かう邸内は自由に動き回れますよ。外出は控えて頂きますが、庭へ出る事は可能ですので外の空気は吸えますし、花を愛でる事も可能でございます」


「そのお邸に図書室はありますか? 図書室がなければ刺繍かレース編みをしたいのです」


「なるほど、読書家なのですね。手狭な邸ですが図書室はあります。図書室はご自由にお使いになっても構いません。読みたい本がありましたら取り寄せも可能ですよ」



 元から外出するより部屋に籠って読書をするか、刺繍をしているのが好きなのだ。


 図書室があるのなら何も言う事はない。




「素敵!」


「ちなみに、どういったジャンルをお読みになるのですか?」


「本は色々と読みますが、ジャンルで言えば歴史書あたりでしょうか? 特に他国語で書かれている本を読むのが好きです。後は魔法書や魔導書の理論といったものを読みますね。刺繍のモチーフを考えるのに植物図鑑を見るのも好きですが……」



 気が緩んだのか睡魔が襲ってくる。



「すみません……」


「いえ、緊張が解れたのでしょう」



 紳士の言葉を最後に私の意識は遠くに霞んで消えていく。


 そこからの記憶は全くない。




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