・転機
ベッドに寝ている高田先生の身体が動く。寝返りをうち、仰向けに変わった。そして苦しそうに唸り声を上げた。
「う、うぅ……」
「お、起きそうだな。ちょっと特紗っちに伝えてくるな」
「あ、はい」
鉄哉さんは部屋から出て、特紗さんを呼びに二階に上がっていった。俺は高田先生のそばに寄り様子を見る。すると、高田先生は目をゆっくりと開けた。
「そこに居るのは、谷口……か? すまん、まだ視界がボヤケていてな……」
「はい、先生。谷口です。……先生は、大丈夫ですか?」
「俺は……そうだ! あいつら、ナナシの奴らは!? いてて……」
大声を上げてバッと起き上がり周りを見渡す。が、どうやら頭が痛いらしく手首で眉間を抑えていた。
「先生!? 大丈夫ですか!?」
「あぁ……ここは?」
「ここはAKCの支部です。その、仏谷さんに連れられて」
「そうか……俺は、負けたのか。留流……仏谷が助けてくれたのか?」
「いえ、鉄哉さんが助けてくれて……今は二階に」
と、そんな話をしていたら不意に建物が揺れた。
「うおっ……なんだ?」
「地震……?」
すぐに収まったもののどうにも嫌な予感がする。ドタドタと慌てたように階段を降りる音が聞こえ、すぐに部屋の扉が開けられた。
「起きてるか高田!?」
「あぁ! 起きてるぞ!」
「よぉし! 逃げるよ〜!? アイツらが来てる! 多分、俺っちが撒けてなかったんだと思〜う! ごみん!」
「こっちだ! 緊急時用の避難経路がある!」
そう言って階段下の収納を開けると、そこにあったのは棚ではなく石造りの階段だった。人一人分の幅しかない階段を降りていくと光は段々と届かなくなり、前にいる人と一段先の階段しか見えなくなっていた。
「一体何があったんですか?」
「二階のパソコンで、家の周囲に設置されているカメラや飛ばしているドローンからの映像が見られるんやが……どうやら奴ら、手当たり次第に家を破壊し回っているぽくてな」
「近くまで迫ってきてて〜、これはヤバイ! と思ってね。方角的にこっちに来てたからさ……多分、俺っちが上手く逃げられてなかったんだろーね」
「そうだったんですね……」
「鉄哉はともかく、ワイはあまり戦闘タイプじゃないんや。高田も怪我してるし、ガキは戦えられんやろ」
「俺はまだ、闘える」
その声で前にいた特紗さんは止まった。そして振り返り、俺を退かして高田先生の首元を掴んだ。
「高田……お前、ふざけてんのか? お前が、先走ったせいで、どれだけ迷惑が掛かってんのか分かんねぇのか!? あぁ!? またそうやってひとりで突っ走るのかよ!? 俺たちはなんだ!? 仲間だろ? ……なぁ、頼ってくれよ。……確かに住人の避難は完了してたがよぉ、住宅街で戦闘するバカが居るか!」
「それは……」
口ごもる高田先生に舌打ちをして手を離す特紗さん。そのまま先頭に戻り階段を降り始める。降りながらそっと後ろを見ると先生は少し俯いていた。
「もうすぐ避難用シェルターに着く。その先は道が枝分かれになっているから、鉄哉は二人の護衛をしながら案内を頼む」
「特紗っちはどうするん?」
「……足止めぐらいなら出来るさ」
「ヒュ〜! 男前だねぇ。でも、多分……そんな時間ないと思うよ?」
「なに?」
「来るよ!」
直後、ものすごい振動とともに轟音が上から聞こえる。その音は段々と近づいてきて、ついには真横を通る。見れば、そこにあったのはドリルの形をした大きな水の塊。
「見つけましたヨ〜!」
「逃げろ! ガキ! 高田!」
「ここは俺っちたちが守ります! ほら、高田っち! 仮にも先生でしょ〜? 生徒連れて先に逃げな〜!」
「二人とも……すまん! 行くぞ蓮也!」
また、逃げるのか……。高田先生に連れられ階段を駆け下りていく。しかし、俺たちの行く先を阻むように水の壁が邪魔をする。
「逃がしませんヨ〜? ンー、ここでは動きにくいですネ〜……地上に行きましょうカ〜!」
背後から聞こえるその声の直後、全身を水に覆われ息が出来なくなる。反射的に目をつむり口に入ってしまった水を吐き出そうと藻掻く。
気がつけば地上に出され息ができるようになっていて、身体が濡れていないことに気付く。げほごほと咳をしながら、周囲を見れば壊された住宅が幾多もあった。まるで大きなドリルで抉ったかのような家もあれば、大きなハンマーで潰されたようなモノまである。
これはおそらく、眼の前に居るルイス先生の仕業なのだろう。思い出したんだ。この人は、コイツは英語の先生だ。特徴的な喋り方に地下では見えなかった顔が見えて確信する。
「チッ! ガキと高田は逃げられなかったのか!」
「なに〜この水? なんかスッゲー動きにくいんだけど」
ルイスは大きな水の玉を空に打ち上げ破裂させると、雨のように飛沫が俺と先生に降ってきた。声の方向を見れば特紗さんと鉄哉さんは俺たちと同様に濡らされ、辛そうに片膝をついている。なんでだ? 俺は何ともないのに……。
そう思っていると後ろにいた高田先生が倒れてしまった。
「先生!?」
「ガキ! 早く逃げろ!」
「ここは俺ちゃんたちが!」
また、逃げるのか? いやだ、それは絶対に。俺は、立ち向かわないと行けないんだ!
「俺は、逃げない!『烈火』!『紅蓮風日』!」
身体を覆うように炎を纏い、細長く形作った炎を鞭のように地面を叩く。俺は纏った炎を動かしルイスに向かって走り出した。
「ナッ!? なんですカ、それハッ!」
強化した脚力でルイスの背後を取り、蹴りを繰り出す。が、届かない。薄い水の層で阻まれた。
「チッ! 邪魔クセェ!」
そう言いながら俺は直ぐに後ろに跳んで下がる。ゆっくりと振り向くルイスを警戒しながら少しづつ近づいていく。
「フゥー……咄嗟にやりましたけド、間に合って良かっタ」
「そうか……よッ!」
炎でルイスの顔を覆うように目隠しをするが、水の玉に俺の炎は防がれてしまった。けれど俺の炎に気を取られたルイスの腹に一発喰わせる。反撃に注意しながら元の位置へと跳んで戻る。
「カフッ! ……中々やりますネェ? 次はコッチの番です……ヨッ!」
「なっ!? はや……!」
ルイスは片足を一歩下げると同時にクラウチングスタートのように背を低くする。直後、ものすごいスピードで迫ってきた。反応する事もできずに俺は頭を掴まれる。
「やっぱり子供ですネェ? まだまだ経験不足ですヨ」
「ぐっ!? ガハッ! ゴフッ! アガッ!」
宙に浮かされ、為すがまま。どうすることもできずに何度も攻撃を受けた。異能力が、炎が解ける。
「クソッ! ガキばっかに任せてたまるかよ!」
「俺っちたちもそろそろ参戦させて下さいよぉ!」
瞬間、ルイスの動きが止まった。その隙を見逃すはずも無く、特紗さんは超人的な速さで俺を担いで距離を取る。
「イ、今のハ……? 何かに引っ張られるようニ、動きを阻害されたようナ?」
「まだ、バレてなさそうっすね」
「ハァッ……ハァッ……!」
乱れた息を整えながら周囲を見る。鉄哉さんのそばで漂う黒い砂は丸い円盤のように渦巻き状になって浮いていた。その上に彼が乗っていて、俺たちの近くへと飛んで来た。
「何をしたんだ? 鉄哉?」
「その話は後で。今はまず、あの男の動きを封じないと」
「……そうだな。とりあえず、これ飲んどけ」
「これは?」
「一時的に体力が回復する。それと、反射神経が良くなる薬だ、飲んどけ」
「りょーかいっす。……それじゃあ、行くっすよ〜!」
白衣の裏から取り出したのは青空のような澄んだ色の試験管。二つの内、一つを鉄哉さんに手渡して二人は一気に飲み干した。
他にも白色と黒色、翡翠に輝く液体を次々と飲んでいく。空になったガラス瓶は地面に叩きつけ踏んで粉々に。特紗さんの目を見ればキリッと覚悟を決めたような眼差しになっていた。
「ガキは休んでろ」
そう言い残して、鉄哉さんとルイスが戦っている場所へと走り出した。俺はそれを眺めながら乱れた息を整えている。
けれど、そんな俺たちを嘲笑うかのようにヤツらがやって来た。
「来てる……ものすごい速度で! 蓮也っち危ないッ!」
その声の直後、視界の隅に何かが見えた。反射的にそれを避けて注視する。そこに居たのは、リオだった。
「まさか避けられるとはなぁ」
「リオ……!」
「また会ったのぅ? 蓮也?」
その後ろから転移してきたのは風夏で、身体には血しぶきが掛かっており、表情を感じ取れない顔をしていた。
「リオ先輩、先に行かないでくださいよ」
「遅い方が悪いやろ?」
こんな状況でも軽口を叩く二人。それを見て俺はやっぱり敵なんだと再確認する。
それでも俺は、逃げない。
「お前らは、俺の敵だ。闘ってやるよ。掛かってこい」
「ナハッ! そうやそうや! ウチはこれを求めてたんや!」
その声が戦いの火蓋を切って落とした。
「『烈火』……『紅蓮風日』……」
「『月下の木偶人形』! これで、やっと! 本気を出せる! 蓮也、勝負や!」
ルイスと対峙した時のように炎を纏い鞭のようにしならせ、地面へ叩きつけて砂埃で撹乱する。視覚を封じてリオが居るであろう場所へ蹴りを入れた。
しかし、攻撃を先読みされて防がれてしまい、足を掴まれるものの炎でリオの首を絞めつける。が、振り回され飛ばされてしまった。
なんとか炎でリオを巻いて道連れにし、地に落としたその上から腹を踏む。
「カヒャッ」
リオの口から空気が漏れ出る。けれど、彼女は嗤っていた。腕で足を払われて転がされてしまう。
そのまま馬乗りで首を絞められるが、なんとか炎で俺の上から退かす。空へ投げ背中から蹴りを入れる。
その行動を予測していたかのようにリオはくるりと体を捻り、俺の足首を掴んで宙へ飛ばす。
地に着いたリオは少ししゃがみ、ガッと天へ跳ぶ。空中で藻掻きながら重力を感じていく俺の腹を手のひらで押される。やばい!
「ガキ! 何してんだ! 逃げろッ!」
いや、これはチャンスだ! 来るであろう衝撃に備え炎で全身を包み痛みを和らげる。何軒かの家をぶっ壊しながらようやく止まった。
素早く元の場所に跳んで気を緩めているリオの顔を包む。もちろん意図はある。それは空気を吸えなくすること。
その間、念力で地面や壁に叩きつけられたりするが先ほどみたいに炎で全身を包んで衝撃を和らげていると次第に抵抗は大人しくなっていった。
「いつつ……気絶したか?」
リオを覆っていた炎を解きゆっくりと地面に置く。鉄哉さんはこちらを見ながらルイスの攻撃を防ぎ押し返した。
「ナイスっす、蓮也っち! こっちも早く片付けるっすよぉ!」
そう言って戦闘の手を早めていく。気がつけば近くに来ていた特紗さんは力の入らないボロボロの俺に肩を貸してくれた。
「まさか、気絶させるなんてな……」
ははっ、と薄く笑って後ろの方で倒れている高田先生に寄っていく。
「はぁ……倒されないで下さいよ、先輩」
その声でハッとする。なにを気を緩めているんだ、まだ敵はいるんだぞ。俺は炎を纏い異能力を使用するがすぐに霧散してしまう。
なんだ……力が、入らない? これは、異能力疲労か? ふざけるな、闘わなきゃ。まだ敵がそこに……。
「ガキにばかり戦わせてたまるかよ。おい高田! 早く起きろ!」
特紗さんは倒れ伏す高田先生に声を投げ掛ける。けれど、返事は無い。屍のようなそれを見て舌打ちをした。
「特紗さん?」
「お前は下がってコレを高田に飲ませろ、いいな?」
「そんなことさせると思いますか? 『キープエリア』」
「クァッ……!」
瞬間、息が吸えなくなる。肺に残っていた空気さえも口から出てしまい、俺にはどうすることもできない。
でも、特紗さんは違った。白衣の裏から一つの試験管を取り出し手首のスナップを利かせ最小限の動きで風夏に謎の液体を浴びせようする。が、避けられた。
「なにをしても無駄で……は?」
重力に従うように謎の液体が入った試験管は地面に落ち割れてしまう。中の液体が外気に触れ気化する。それは煙となり薄く立ち昇る。風夏が煙を吸った途端、まるで意識を失ったかのように、体へ力が入らなくなったのか膝から崩れ落ちた。
「今のうちだ! 早く!」
いつの間にか息が吸えるようになり動ける事がわかる。手渡された紅色と紫色に染まる液体が入ったボトル瓶を持ち、言われた通りに高田先生のところへ足を引きずり近づく。
うつ伏せの状態から仰向けに、特紗さんの指示通りに液体を飲ませる。少しむせていたが、喉仏が数度動くのを確認した。
「ァッ! ハッ……! ハァッ!」
「先生……先生! 俺です! 谷口です!」
口を開け深く息を吸う先生に強く呼び掛け、自身の名前を告げる。そんな俺に先生はゆっくりと起き上がり周りを見渡しながら言った。
「谷……口。そうか……俺、は。後は俺に……いや、俺たちに任せろ」
「せん……せい? あ……」
先生が起きたことで安堵感がマックスに達したのか、それとも感じてなかっただけで体が疲れていたのか、異能力疲労もあり俺は意識を失ってしまった。