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・裏切りの友人


「危ないやんか、高田センセー?」


 目を細めて、運転手席から出てきた人物を睨む。車から降りてきたのは先程まで学校に居たはずの高田先生だった。

 なんで、高田先生が……?


「チッ。避けられたか」


「自分、やっぱりAKCのヤツやったんやな」


「あぁ、そうだ。……この瞬間を心待ちにしていた。お前らを殺せる、この瞬間を」


 信じられない光景が目を覆う。先生の目はギラついていて、憎悪を隠しきれていなかった。反対にリオの瞳は先生を捉えておらず、どこか呆れたように声を出す。


「なんや、復讐かいな。……つまらんなぁ。転校生ちゃん、相手してやりぃ」


「分かりました、リオさん。いえ……リオ先輩。それでは、『エリアチェンジ』」


「な、なんだよ……コレ。一体何が……どうなって」


 瞬間、二人は消えた。恐らく、彼女の異能で違う場所に転移したんだろう。


「ウチはそうやなぁ……どうせ口封じに殺すやろうし、楽しまなきゃ損やな」


 そう呟くリオ。わけが分からず立ち尽くす俺へと腹パンを喰らわせた。


「カ、ハッ!?」


 頭が追いつかず、不意に息ができなくなる。続けて腹に痛みが走った。 


「ありゃ、こんくらい反応出来ると思ったんやけど?」


「な、ん……で」


 回らない頭で疑問を声に出す。


「ナハハ! まだ状況が分かってないんやな!」


「リ……オ?」


「ナハッ! 冥土の土産に聞かせてやるわ! ウチらの目的は異能力者の撲滅! その為に異能力者を育てる学園に潜入してたんや!」


「なん……だ、と」


「まあ? アンタら異能力者と過ごす日々は楽しかったで? でも、すこーし刺激が足りひんかったなぁ。毎日ゲーセンで発散してたけど、もう我慢せんくてええよな?」


「うそ……だろ」


「信じられへんか。まあ、平和ボケした頭なら仕方ないのぅ。おさらばや、この世からな」


 どこから出したのか、リオの周りには複数のナイフが漂っている。手を振り下ろすのと同時に俺へと振りそそがれるナイフ。


「『烈火』!」


「ナハッ! やっぱりそうでないとなぁ!」


 炎を纏い、ナイフの軌道を熱気で捻じ曲げる。どうして、なんでだよ。


「俺を……騙してたのかよ! リオ!?」


「せやから、そう言うてるやん。ホンマ、蓮也はアホやなぁ?」


「ふざっ……けんなよ!」


 訳が分からない。どうして先生が彼女と戦っているのか、なんでリオは俺に攻撃したのか。わからないことだらけだ。

 でも、分かるのはリオが嘘を言っていないということだ。目を見れば分かる。いつもと変わらない瞳が、そこにある。


「ナハハッ! 来ぃや、蓮也!」


 その声の直後、リオが走ってくる。その後ろから複数のナイフが俺に襲いかかった。


「『烈火れっか』!」


 身体に炎を纏い、擬似的に身体能力を高める技。それが『烈火』だ。

 異能力を使うだけ、炎を纏うだけならば、別に今みたいな技を宣言する必要はない。けど、しっかりとしたイメージがなければ異能力は答えてくれない。だから、イメージを補完する為の技名が必要なんだ。


 近づくナイフを蹴り払い、迫るリオに備えて構えると一瞬で目の前から消えた。一体どこに……上か!?


「ナハッ! もっとウチを楽しませてぇな!」


 かかと落としを背後に跳んで避ける。アスファルトの道路が崩れて砂埃が目を覆った。リオはどこだ?

 周囲を見渡しながら警戒する。直後、風切り音と同時にアスファルトの欠片が俺を襲った。どうにか纏った炎で受け止めるが、依然リオがどこにいるのかは分からない。


 上か、下か……右か、左か。リオはどこにいる? 分からない。焦りのせいか、段々と息が荒くなっていく。


「『旋空せんくう三日月みかづき!』」


 その声と同時に土煙は裂かれ、目で追う暇もなく腹部に衝撃が走った。俺は背中から倒れてしまい、一瞬息ができなくなる。痛みを我慢し、すぐさま上半身を起こした。


「なん……なんだ、今のは」


「空気を圧縮して、動かしただけや」


「リオ……」


 空中に舞っていた砂は晴れてリオが現れる。攻撃するでもなく、そのままリオは話を続けた。


「ハンデありで、これかいな。期待外れやわ。はぁ……こんなんならさっさと殺すべきやったな」


 失望の声とこちらを見下す目が突き刺さる。そんなリオへ俺は叫んだ。


「どうして……どうしてこんな事するんだよ!? リオ!」


「はぁ? アホやアホやと思うとったけど、まさかここまでとはなぁ……そんなん見りゃ分かるやろ? 楽しいからや!」


 呆れたような表情から愉悦の笑みへと変わっていく。


「な……なんだと!」


「苦痛に歪む顔、絶望に叫ぶ声。それを見て聞くだけでウチは楽しいんや」


「ふざけんなよ……」


「はあぁ? 好きなものを好きだって言って何が悪いんや?」


「人を傷つけることは悪い事じゃないのか!?」


 そう指摘すると、まるでそんなこと聞き飽きたのだと言うような顔をした。


「はっ……まあええわ。それじゃ、今度こそサヨナラや」


 周囲にあったアスファルトの欠片やナイフが宙に浮き、リオがこちらへ手のひらを向けると同時に飛んでくる。俺は咄嗟に腕を構えて目を瞑ってしまう。だけど、いつまで経っても痛みは来ない。

 遅れて聞こえたのは何かが粉砕された音と地面が抉れるような音。恐る恐る瞼を開けると、目の前に居たのは一人の女性だった。


「すまない! 助けるのが遅くなってしまって……」


「あなた、は……?」


「私はAKCの仏谷という者だ。拓也、いや……高田が先走ってしまい君を巻き込んでしまった。本当に、申し訳ない」


「高田……先生? AKCって」


「詳しい話は後だ! とりあえず、一緒に来て――!」


 言葉はそこで止まり、仏谷さんは急にしゃがんだ。そこへリオの蹴りが入る。きっとしゃがまなかったら仏谷さんは蹴りを受けていただろう。

 でんぐり返るように仏谷さんは横に移動し、立ち上がりながらリオの腹へ拳を突き出した。その腕をリオは掴んで引っ張り、体制を崩して空へ打ち出すように蹴り上げた。


 けれど、仏谷さんはリオの首を足で挟み背中から地に戻る。挟んだ足を横に動かしリオの体制を崩そうとしたが、側転するように身体を上手く使って少し離れた地面へと着地した。


「少しは楽しめそうなヤツが来たなぁ?」


「君の名前は……田島凛桜か。異能力は念力、小中学校では度々クラスメイトがイジメを受けていたそうだが……その様子では君が首謀者のようだな?」


「クククッ……ナハハッ! そうや、大当たりや! あの頃は楽しかったなぁ。適当に噂をすれば人はそれを信じて動く。あの子は裏でみんなの悪口を言っている、あの人は万引きしてる、あの子の親は前科者、あの人はイジメをしている。そんな事を友だちから聞いたって言えば、疑うことすらせず信じる。馬鹿ばっかりや!」


「なっ……」


 なんだ、それ……リオがそんなことを?


「下衆が。どうしてそこまで、歪んでしまったのか」


「歪んだ? 何を言ってるんや。ウチは元から、そういうヤツやで?」


「……そうか、ならば容赦はしない。お前を倒すだけだ」


「口先だけじゃないことを示してみぃや!」


 そう言って、前傾姿勢で走り素早く仏谷さんの懐へ入る……かと思いきや不自然なほどに高く跳び上がりかかとを振り下ろす。落ちてきたその足を片手で掴みリオを振り回して地面に叩きつけた。

 水切りのように地面で跳ねていったリオは少し遠いところで足をつけ直す。ボロボロの地面から崩れた破片が浮かび上がり仏谷さんを襲う。


 けれど、残像が見えるほどの速さでジグザグに動き、向かって来る瓦礫を避けて仏谷さんはリオに蹴りを入れた。でも、それを見越していたかのように、その攻撃は左腕を盾にして押し返された。

 そのまま身体を反転させ、右足のかかとでリオの空いている右脇に攻撃した。衝撃によって漏れた息が声に成る。リオは咄嗟に拳を地に放ち、塵になった砂が空中に舞い散った。


 仏谷さんは回し蹴りで風を生じさせて砂埃を払い、視界を確保した。が、そこにはリオはおらず仏谷さんは背後から蹴りで一突きされた。

 前に倒れかけるが手を地面について宙に飛ぶ。捻りを加えた側転で身体の向きを変えながら足をつけて拳を構える仏谷さん。そんな中、対峙するリオの口が開いた。


「ようやるなぁ?」


「念力で身体を動かすとは……中々に厄介だな」


「ウチはこれでも柔道部やったからなぁ。力任せな脳筋の扱い方なんて、分かりやすいものやで?」


「……口が回るヤツだ」


「ほれほれ、かかってきぃや」


「私を舐めるのも、大概にしろ!」


 そう怒鳴った直後、仏谷さんはリオの元へ突撃した。周囲に浮遊する瓦礫は微動だにせず、リオのお腹へ片手を突き出した。続けて殴り、蹴る。その様は数ヶ月前に授業で体験した空手の技にそっくりだった。


「かはっ……」


 仏谷さんの攻撃で息を吐き出し苦しそうに顔を歪める。そんなことは関係ないと隙を与えず技を放っていく。


「リオ……」


 俺の頭はまだ混乱で満ちていた。先生がリオを狙ったこと、リオが俺を襲ったこと。そして何より、俺の幼馴染が先生を襲ったこと。訳が分からない、俺を助けてくれたこの仏谷って人もなんで俺を守っているのか。

 今も、どうしてそんな……命を懸けるようにリオと戦っているんだ? わからない、なんだよ……これ。


「ふざけるな!!!」


 不意に先生の怒号が聞こえた。直後、何かが飛んできた。家の塀にぶつかり、土煙の中から現れたのは空山さん。いや……風夏だった。


「風夏!」


「何が知らないだ! お前はアイツ等の仲間なんだろう!? 知らないはずがないじゃないか!!?」


 叫んだはずの俺の声は怒鳴る先生の声にかき消されてしまう。先生の問いに、彼女はため息を吐きながらも冷静に淡々と声を発した。


「だから……言っているじゃないですか、私は新参者なんです。例えあなたの家族が殺されていたとしても、私はそれを知らない。私はそこに居なかったのですから」


「この……野郎!!!」


「高田先生!」


 やめてくれ! そいつは……俺の幼馴染なんだ! 声にならないその言葉、その願いは叶わず、高田先生の拳は風夏へと降り注がれる……はずだった。


「『チェンジ』『キープエリア』『エアクライ』……危ないですね」


 三つの技名を唱え、風夏は反撃をしていく。一つ目の技名で風夏と瓦礫の場所が代わり、二つ目の技名で先生の周りの空間が歪んで身動きが取れなくなっていた。


「ァガ……カフッ」


 そして、三つ目の技名で高田先生の顔は苦しげな顔に変わる。どうやら息が出来なくなっているようで、ゆっくりと震わせながら首に手をやった。


「拓也!? しまっ……!」


 リオが放つ技を上手く避けながらカウンターを仕掛ける仏谷さん。だけど、苦しそうな先生に気づいてよそ見をしてしまう。そんな隙を見逃すリオではなかった。


「やっと一撃当たったな、ナハッ! これやこれ! これがいっちゃん楽しいんや!」


「はぁ……ところでリオ先輩? 遊ぶのは別にいいんですけど、いつまで遊んでいるつもりなんですか? ボスからはもうすぐ撤退の時間だと聞いていますが」


「いちいちうっさいのぅ、そんなこと分かってるわ。全く……これから楽しくなるってのに。転校生ちゃんはそこで見とき、ウチの本気を見せたるわ」


 愉悦で顔を染めるリオは風夏が一つ疑問を告げると楽しげな顔に変わる。そんなリオへ、とても薄っぺらい男の声が訊いた。


「ほーほー、つまり? 今までは本気を出してなかったと?」


「せや、ウチはもっともっと強くなる……って誰や!?」


 気が付けば居たその男は、周囲に暗闇を体現させたような粒子状の黒色を漂わせていた。茶色い頭に胡散臭そうな笑顔、ピアスまで開けているその風貌はまるでチャラ男で。場違い感が半端ない男は仏谷さんの隣に立っている。


「仏谷せんぱーい、交代しましょ? その子じゃ相性が悪いでしょう?」


「だが、しかし……」


「んもー! 強情なんですから〜! 俺ちゃんたちの目的はなんスカ!? 殲滅じゃないでしょー! そこの先走ったバカを止めるのと、救助が目的でしょーが!」


「そう……だな。分かった」


「それでよーし! んじゃパッパと終わらせましょー!」


「すまない、私も冷静さを失っていたみたいだ。行くぞ、少年」


 仏谷さんは俺の手を掴んだ。けど……。


「ま、待ってください! 俺は……」


 風夏を助けたい。どんな理由があってリオたちと居るのかは分からないけど。だけど……。


「君は戦えない。そうだろう?」


「でも……!」


「ほらー! 早く行ってくださいよ〜! 高田っちも連れていってね!」


 そう言って、チャラそうな人は黒い粒子を巧みに操って気を失った高田先生を仏谷さんの背に乗せた。


「……分かりました」


 もっと……俺に、力があれば。


「行かせると思いますか?」


「無理矢理にでも行くさ! 『ディレイドムーブメント』!」


「こ……れ、は……!?」


 立ちふさがる風夏に仏谷さんは技名を唱える。瞬間、風夏の動きは不自然なほど遅くなった。仏谷さんに手を引かれて、俺は風夏の横を走り抜けていく。



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