・唐揚げ戦争
教室内に居た人の大半が帰る中、俺たちはくだらない話をダラダラと喋っていた。リオは机の上に乗って足を組み、俺は椅子に座って机に両肘を立てている。その傍らに彼女は立っていた。
「やっぱり唐揚げにはケチャップだって」
「はぁ? アホやないの!? なんなん、唐揚げをナゲットと勘違いでもしてんちゃうか?」
「んだよ、そこまで言うこと無いだろ!? だったらお前は何をかけるんだよ!」
「んなもん、決まってるわ。唐揚げにはレモン汁やろ!」
「はあぁ!? 決まってないが! いつ? どこで? 誰がそんなこと決めたんだよ!」
「お二人とも、落ち着いてください……」
ヒートアップしていく会話をする俺たちに宥めるように声を掛けてくる。が、そんなことはどうでもいい。
「ウチや! ウチが今ここで決めたんや! なんや、悪いんか!?」
「あぁそうかよ! それは、結構だなあ! でもなぁ! 唐揚げには断固としてケチャップだよ!」
「いーや! レモン汁や!!!」
「何を熱くなっとるんだお前らは」
不意に声を掛けてきたのは担任の高田先生。呆れるような表情でこちらを見る。しかし、これだけは譲れん。
「だったら高田先生は唐揚げに何をかけるんですか!?」
「せや! 高田センセーは何かけるねん!?」
「何もかけないが」
「は?」
「へ?」
「調味料に頼らず、そのままを楽しめよ。いつまで経っても小学生気分でいたら、次のテストで赤点取るぞ? 補習になっても容赦しないからな」
「「うげぇ……」」
一気に頭が冷える。
「テストの話なんかしないでくださいよぉ……」
「せやで……ウチはもう補習は嫌や……」
「じゃあ勉強しろ、田島」
「うー……」
「俺は職員室で仕事があるから、教室内であんまり騒ぐんじゃないぞ。それと、はやく帰れ」
「空山さんに街の案内をする予定なんです……」
「せやから、案内終わったら帰るわ……」
「……だったら、五人で楽しみな」
「「うぃーす」」
「分かりました」
適当に返事をする俺たちとは対照的に、彼女はこくりと頷いて丁寧に返事をした。両腕で書類やらなんやらを抱えて教室を出ていく先生。後ろ姿を眺めていると、先生の言葉にふと気がついた。
「……五人?」
「よっ」
「どうも……お邪魔します……」
先生と入れ替わるようにやって来たのは智博とその後ろから頭だけ出す女の子。確かこの子は……そうだ、智博と同じクラスの……武藤さんだったかな。
「ヒロ! ようやっと来たんか! 遅いでまったく」
「なんだよ、リオ。だったら呼びに来いよな。今日は蓮也と一緒に帰るって聞いてたのに、廊下に出てこないからこの教室まで来たんだぞ? ってか声が響いてたし、何の話してたんだよ?」
「すまんトモ。ちょっと譲れない闘いがあってな。話に熱中しすぎてたんだ。呼びに行くのを忘れてたんだよ」
「んでな、自分らはどうせ放課後は暇やろ? せやから、この子と一緒に街で遊ぼうと思ってな」
リオはそう言いながら空山さんの後ろに移動し、両手を彼女の肩に置いて横から顔を出した。
「俺は岸島智博、よろしくな」
「武藤です……よろしく……」
「空山風夏と申します、よろしくお願いします」
「そんじゃ自己紹介も終わったことやし、街にレッツゴーや!」
昇降口で靴に履き替え外に出る。智博の予知通り、雨の気配はなく空は晴れていた。
「それで? どこに行くかは決まってんのか?」
「決めてないで!」
「おい」
智博が言い出しっぺのリオに尋ねるものの、リオはあっけらかんと答えた。
「あ、あの……〇オンとかどうですか?」
「あぁ、あのおっきいとこ? 良いんじゃないかな。デカいショッピングモールだし、俺もいつも買い物の時は行ってるしな。みんなは何か見たいものとかあるか?」
俺がそう言うとみんなそれぞれに答えた。
「私はなんでもいいですけど」
「ウチはゲーセン!」
「あたし……服、見に行きたいです……」
「俺はちょっと腹が減ったからフードコートでなんか軽いもん食べてえな」
順番に空山さん、リオ、武藤さん、トモ。見事にみんなバラバラだな、予想はしてたけど。ゲーセンは三階で、服は二階。フードコートが一階だから……。
「だったら、一階で軽く食べて二階に服見に行くか。そしたら三階のゲーセンで遊んで帰ろう。それでいいかな?」
「はい、大丈夫です」
「ウチもそれでええ」
「わかりましたぁ……」
「りょーかい」
校門を出てショッピングモールに向かうべく住宅街の道路を歩いていく。その間、話題がなくみんな気まずそうにしていた。その沈黙を破るようにリオが皆の前に出て振り返る。
「そういや、転校生ちゃんの異能ってなんなん?」
「私の異能力ですか?」
「せや。ウチは念力、蓮也は炎を操るってヤツで、ヒロは未来予知や」
頷いて俺たちの顔を順に指差すリオ。少し考えて彼女は口を開いた。
「空間操作、ですかね」
「……どういうことや?」
「『チェンジ』」
そう言葉を発したのと同時に、気付けば空山さんは首を傾けるリオの横を歩いていた。なんだ? 今のは……。
「お!? ……びっくりやわ、これはあれやな? 指定した二つの空間を交換した、ってヤツやな?」
「……そうです」
少し驚いたように彼女が眉を上げた。
「せやろ? なんてったってウチは」
そこで口を閉じたリオ。彼女は足を止める。どうしたのかと聞く間も無くトモが叫んだ。
「リオ、危ない!」
目の前をトラックが通り過ぎる。リオを轢くようにして。直後、ブレーキ音が聞こえた。一体、何が……?
戸惑いながらもブレーキ音がした方向を見ると、そこには荷台の上に立つリオがいた。




