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・転校生は幼馴染


「……い、おーい。眠いんかぁ?」


 気が付けば朝礼は終わっていて、目の前で手を振る凛桜がいた。


「あ、あぁごめん。ボーっとしてた」


「そろそろ授業始まるで、はよ準備せな」


「おう、センキュな」


 今考えても仕方ないか……勉強に集中しないとな。そう思って机の上に筆記用具やノートを出す。

 丁度チャイムが鳴って授業が始まった。気合い入れて頑張ろう。




「勉強なんてクソ食らえやわ」


 カチッ、と箸を鳴らす。昼になり昼休憩の時間、午前の授業で疲れたリオがそう告げた。

 

「そうか? 俺は勉強するの好きだけど。こう……未知を既知にする感じで」


「ウチは嫌いや!」


 俺の言葉を遮るリオ。机を向かい合わせて一緒に食べながら、弁当を頬張り飲み込んで空いた口で喋っていると誰かが近付いてきた。


「あの、宜しければ一緒に食べてもいいですか?」


「へ?」


「おう? あぁ、全然ええで。転校生ちゃん」


 俺が呆けてる間にリオが許可を出す。


「ありがとうございます、失礼します」


 持ってきた椅子に座り、行儀よく手を合わせてから机に置いた弁当を食べ始めた。が、俺はどうしても気になってしまう。


「な、なあ……空山、さん?」


 なんて呼べばいいか分からなくて、少しどもってしまった。


「はい、なんですか?」


「えーと……自己紹介の時にさ、病気で体が弱いって言ってたけど、いつからなの?」


「そうですね……小学生の四年生ぐらいでしょうか。病気が発症して病院に行く事になったんですけど、地元の病院では治療できないとのことで……。地元を離れることになったんですよね」


「そう、なんだ」


 やっぱり……この子のことを俺は知っている。だけど……この子は俺のことを知らない、いや覚えていないんだ。




 俺には幼馴染がいた。幼稚園の頃から一緒で家も近く、よく遊んでいたことを覚えている。けど、小学校の三年生になって少しずつ外で遊ぶことが減っていった。

 きっかけは、その幼馴染が外で遊ぶのは嫌だ、と言ったからだった。理由を聞いたら、体を動かすとすぐに疲れて楽しくないからって。


 それからは俺の家で遊ぶようになった。テレビゲームをしたり、ボードゲームをしたりすることが多くなった。俺は別に外で虫取りをするようなやんちゃ坊主じゃなかったから、家の中で遊ぶのもあんまり辛くはなかった。

 でも、そんなある日……ゲームをしてる最中にあの子が倒れてしまった。最初はふざけてるのかなって思ってた。だけど、声を掛けても返事がなくて。揺らしても起きなくて……。

 リビングにいた母親を呼んだら顔を真っ青にしてどこかに電話をかけた。それから数十分後、サイレンと共にやってきた救急車を見てどこに電話を掛けたのか分かった。幼馴染が救急車に乗せられ、どこかへ行ってしまう。


 何が起きたのか、当時の俺は分かっていなかった。ただ、ゲームが途中で終わって少しむくれていたような気がする。遊ぶ相手が、あの子が居なくなったから。

 帰ってくるのを待っていても、その日は俺の家にあの子は帰ってこなかった。数日経ってもあの子は遊びに来ない。つまんなくて、楽しくなくて。そんな俺が不安そうに見えたのか、母親が説明をしてくれたんだ。


 あの子は病気なんだって。体がとにかく疲れやすくなって、動けなくなるんだって。だから、病院にいかなきゃいけないって。


 それを聞いた俺は次の日から病院に行った。あの子が行ってる病院を母親から聞き出して、毎日自転車を漕いで病院に向かう。

 病室で何度も話し掛けてた。学校の話とか、家族で出掛けた時の話とか。くだらない話をして笑わせて。だって、笑ったその顔が好きだったから。

 だから、小四の秋に遠くへ行くってことを聞いて寂しくなった。治療をする為には手術が必要でそのお金が貯まったんだって。でも、手術をするにはもう少し大きな病院じゃないと駄目らしくて……。


 手紙を書くことにした。遠くに行っても、あの子と話せるように。遠い場所にある病院に行ったあの子へ、週に一度手紙を出す。

 楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しいこと、上手くいかないこと、全部書いて送った。

 返事が来た。手術が成功したこと、順調に身体が治ってきてるってこと。また会いたい、また遊びたいってことも。

 でも、それは中学三年生になってから変わった。ある日から突然、手紙の返事が来なくなったんだ。母親に聞いても、急に音信不通になったとかで、連絡が取れないらしい。




 幼馴染のあの子の名前は、空山風夏。今、一緒にお昼ご飯を食べてる子だ。なのに、彼女はまるで……俺の事に気づかない。

 あの子にとって俺は忘れても当然な存在なのか? 分からない……けど、まだ俺の名前を知らないからなのかもしれない。自己紹介をしてみたら、分かってくれるかな……。


「そういえば、お二人のお名前ってなんですか?」


 そんな俺を見透かしたようなタイミングで彼女は聞いてきた。


「ウチは田島凛桜、リオって気軽に呼んでくれや」


「俺は……蓮也、谷口蓮也。俺のことも呼び捨てで構わないよ」


「わかりました。リオさんと蓮也さんですね」


 気付かない……もう、覚えてないのかな。別に、良いけど……。だったらまた最初から、仲良くなれば……良いんだし。


「そういえば、空山さんはなんで俺たちに話しかけたの?」


「えと、それは……話しやすそうだったので」


「そ、そうか?」


「あと、リオさんのしてるスカーフが気になって」


「んぐんぐ……コレか?」


 口にモノを含みながら凛桜は首元から垂れるスカーフの端を掴む。


「ええ、それです」


「ほうか、転校生やから知らんのか」


「この高校は、制服はもちろん着なきゃいけないんだけど、その上にプラスして何か着たりアクセサリーをつけてもいいんだよ。メイクもしていいんだけど、過剰なメイクやアクセサリーは駄目らしくて。そこら辺の線引きは曖昧かなぁ」


「ウチのこれはセーフやで!」


「はいはい、そうだね」


 鼻息荒く主張してきたリオを軽く受け流しながら俺は説明を終えた。


「そうだったんですね」


「まあでも、リオみたいな自己主張が強い人ぐらいしかメイクもアクセサリーもしないけどね」


「ごちそーさん。そういや、転校生ちゃん」


「なんですか?」


 彼女の少なくなってきた弁当を指さしてリオは尋ねた。


「その弁当って自分が作ったん?」


「そうですよ。母も父も居ないので、一人暮らしです。このお弁当も昨日の残りを使ってるんですよ?」


「なるほどのぅ、よう自炊するなぁ。ウチは作るのダルくていつも店の弁当やで?」


 袋詰めした弁当の残骸をカバンに入れるリオへ彼女が顔を少し引き攣らせてツッコミを入れる。


「それ、健康に悪くないですか?」


「いやいや、そんなことないわ。見ての通り、ウチは至って健康やで?」


 ホラ、とでも言いたげな顔をしてその場に立つ。手や足を目一杯動かして元気だということをアピールしてくる。


「そ、そうですか……」


 そこで会話は途切れた。リオを見れば話題がなくなって暇そうに足を交互に揺らしている。どこを見ているのか、視線の先を辿ると窓の外を眺めていた。

 俺はまだ残っている弁当の中身を橋で搔き込み口へ入れていく。ごくりと口の中にあるものを胃に流し込み、水筒のお茶を飲んでスッキリさせる。

 手を合わせごちそうさま、と唱える声が俺以外に聞こえた。空山さんの声だ。

 声が揃うとは思わなくて、ふと彼女の顔を覗くと目があってしまう。ニコリと微笑まれて俺はすぐに目を背けた。


 席を立ち、彼女は座っていた椅子の背に手を掛ける。教室の時計を見ると、昼休憩の時間が丁度終わりを迎えようとしていた。


「じゃあ、私は席に戻りますね」


「あ、転校生ちゃん! ちょっとええ?」


「なんですか?」


「放課後、暇やったら街とかに遊び行かへん? 入院してたってことは街とかあんまり出たことないやろ。どうや?」


「ホントですか? ありがとうございます!」


「ついでやから蓮也も来いや。ヒロも呼んでな!」


「へいへーい」


 そうして午後の授業が始まる。あっという間に放課後になり、ホームルームでは担任の高田先生から最近は不審者が多いので気を付けて帰るように、との注意があった。

 しかしまあ、高校生がそんな注意ですぐ帰る訳もなく。みんなは普通に買い食いをしたり遊んだりするんだろうなぁとひっそり思っていた。

 それはもちろん、街に遊びに行く予定がある俺たちも例外ではない。


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