綿菓子
三題噺もどき―ろっぴゃくにじゅういち。
コップを片手に、リビングへと戻ると。
「……なにしてるんだ」
「あ、ご主人」
机の上に何やら機械を取り出し、それのコンセントを繋いでいるところだった。
何だ珍しい。何を始めると言うのだ。
「……」
心なし楽しげに見えるのは、そのエプロンのせいだろうか。
普段使っているボタンで留めるタイプではなく、紐で結ばれている。それが動くたびにひらひらと踊っていて、まるで尻尾でも振っているように見える。
そんな事口に出したら睨まれそうなので言わないが。
「……なにしてるんだ?」
同じセリフを二回もこの数秒の間に言うとは思わなかった。
こちらの質問を気にもせずに準備みたいなことを続けているので、思わず口をついた。コイツが私の話を聞かないのはいつものことだが……なんだ。
「休憩にしましょう」
いや、それはいいのだが。何を始めたのか聞きたいんだ。
コイツなんでこう、テンションが高いと話を聞かなくなるんだ。ただでさえ聞かないのに拍車をかけて聞かない。聞こえてないだろうこれ。
「……」
机の上に置かれたその機械は、ドーナツのような形をしている。
丸い土台の上に、ドーナツ型のドームがあると言う感じだ。
その土台に設置されていた、小さなスイッチを入れると、ぶぉんと、低い音がした。
いや、ホントに何を始めるんだ。
「ちょっと待っててくださいね」
「……あぁ」
これはもう、こちらの話は聞かないだろうなと諦める。
大人しく待っているとしよう。手に持っていたコップはシンクに置き、機械から少し離れた位置にある椅子に座る。入れ違うように、キッチンへと入ってきたコイツは何かを探しているようだった。何を……。
「……」
低い音がしだしてから、徐々に機械の温度が上がっているようだ。
少し離れた位置にはいるが、ほのかに暖かくなっている感じがする。あの機械の周辺だけ。
どことなく見覚えがあるようなないような形ではあるんだが、何せ見当がつかない。
「……」
座って大人しくしていると、探し物を見つけたのか、何かを手に持ったまま戻ってきた。
そこに握られていたのは、割りばしの入った袋と。
私が部屋で食べられるようにと買い置きしている飴玉だった。
数種類の果物の味が入っているやつだ。
「……」
もう、何も言うまい。
私のストックとは言え、基本的にキッチンや食材の管理をしているのはコイツだからな。もう、何も言わない。まだ部屋には残っているしいいさ。
「ん、大丈夫そうですね」
「……なにが」
機械に手を当て、温度を確かめたようだ。何がいいのかは全く分からない。
思わず漏れたつぶやきなんて、コイツには聞こえてすらいない。
「ご主人は何味にしますか」
「まずこれが何なのか教えろ」
割りばしをこちらに一本渡しながら、突然飴玉の味を聞かれたので尚更訳が分からない。
ホントに何を始めるつもりなのだ。
一応割りばしを手に受け取りながら、なぜかそわそわと楽しげに飴の種類を選んでいる、私の従者であるはずコイツに訪ねる。
「あぁ、綿あめですよ」
「綿あめ?」
それは、夏の時期になると子供らがよく持っているあの菓子の事だろうか。ふわふわとした、雲のような菓子。確か、ザラメという甘味料で作っているのではなかったか。しかも機械もそれなりに大きなものだった気がする。少なくとも、こんな小さなもので、しかも飴玉で作るのは聞いたことがない。
「ご家庭で簡単に作れますよっていうやつです」
「ほぉ……」
いつの間にこんなものを買ったのかは後で問い詰めるとして。
そういうことなら、俄然興味がわいてきた。あの時期だけにしか食べられないものだと思っていたが、それがこうも簡単に食べられるのなら、楽しそうではないか。
甘いものは嫌いではない。
「何味にします」
「とりあえず、桃でいこう」
「じゃぁ、苺でいきます」
それからはまぁ、悪戦苦闘しながら、雲を割りばしに巻き取ったり、しっかりと飴の味がすることに感動を覚えてみたり。
いつもとは違う、こういうことも、たまにはいいものだ。
「しかしこれ、いつの間に買ったんだ」
「昨日通販で見つけて、今日届いてました」
「また……」
「楽しいからいいでしょう?」
「まぁ、ほどほどにな」
お題:甘味料・飴玉・ボタン