寒いのもたまにはいいか
瞬くと、目の前で白い吐息が夜の闇に吸い込まれていくのが見てとれた。
「星を見るのが好き」と言うからそれなりにロマンチックな気持ちでいたのだが、待ち合わせ場所に現れた君の格好を見た瞬間、自分の認識にズレがあったと思い直した。
「完全防寒で」と言われていたから、頭のどこかで薄々気づいていたものの、「今日は暖かいね」と笑いながら目元まであったネックウォーマーを下げた君を認めた顔はひきつっていただろう。
君は目元以外のほとんどをニットやらダウンで包みこんだ格好でさらに寝袋まで抱えていた。
で、その寝袋に下半身を突っ込んだ状態で今に至る。
「寒くない?」
そう言いながら君はカイロをぼくの鼻に当てて笑う。
寒くないかって?
寒い!
寒いに決まってる。
氷点下のキャンプ場に寝袋ひとつで横たわっているのだから。
足先は常に擦り合わせていないとすぐに感覚を失ってしまいそうだ。
「何?」
寝袋ごしに抱き締めて見るが、やはり体温は伝わってこない。
ムスッとしていると、クスクスと笑いながら君は手袋を片方外す。
そして、僕のも片方。
「あったかい?」
彼女の手はなるほど温かかった。
体は地面にでもなったかのように冷えきっているようで、でも繋がれた手は確かに温もりを育めた。
「ほら、見てごらんよ」
見上げた空にはたくさん星が瞬いている。
流れ星はいつくるのさ。
唇を尖らせると、君はやはりクスクス笑い、首を傾げる。
「ずっと見てたらいつかは」
そんなことを嘯く視線は楽しそうに夜空に固定されている。
何が楽しいと訊きたくなる。
二人分の白い吐息が、止めどなく夜空に吸い込まれていく。
汗ばむくらいに熱を持った手のひらに、意識が集中していく。
僕はだんだん、寒さも、星もどうでも良くなり、自分がどこにいるのかさえも気に留めなくなっていく。
ただ、二人を繋ぐ熱いくらいの手の温もりだけが存在している気がしていた。
寒いのもたまには良いか。
呟くと、やはり君は例の笑いかたをした。