6.5
天蓋の布を触る音がした。
「おはようございます。スザクさま。朝です」
まだ眠そうな主人が茫洋と身体を起こしている。
「……起きるよ。おはよう、マリルーシャ」
寝言のようにぼそぼそと話すスザクさま。ふらふらと洗面所に行かれる。
私は空気の入れ替えをしながら、軽く室内を片付けた。
「スザクさま、何か飲まれますか」
「紅茶。冷たいので。朝の食事もそれにしといて」
「承知しました」
スザクさまがお着替えと身嗜みを整えている間にお茶の準備を行い、お部屋の外に控える使用人にも話しかける。
これがスザクさまの朝のルーティンだった。
スザクさまが執務室へ行かれたあと、お部屋の片付けをする。スザクさまのお部屋には絵画や御本、楽器が転がっていた。相変わらずの多趣味だ。この前も陛下におねだりをされていた。また楽器が増えるのか、御本が増えるのか、それとも遊戯盤か。ああ時間だ。そろそろ私も行かなければ。
カンカンカンと音がする。遠くの場では男たちが剣術稽古をしていた。今は金髪の男と黒の装束を着た男が打ち合っている。そして私の前にはアンリシャール様が両手を握りしめ、鬼気迫る表情で稽古を見ていた。私はその後ろに控えている。
「ねえ、マリルーシャ……」
「はい、アンリシャール様」
「スザクって、剣も強くて、楽器も出来て……。他に出来ないことなんてあるのかしら?」
……苦手なことは勉学でしょうか。アンリシャール様。
夜。蝋燭で照らされている皇族様方のお食事の間。ご家族様方がお揃いになられたのでお食事が始まる。私たち奴隷はとにかくさりげなく目配せ合図を出し、タイミングを合わせてお食事をサーブする。
「ペコー。久々に一緒に食事が出来て嬉しいよ。ゆっくり召し上がりなさい」
皇帝陛下がペコー様に話しかけられる。傍に寄り添う皇后陛下もペコー様に微笑まれた。
ペコー様も「はい、お父様」と微笑みはしなかったが、囁き、陛下に頭を下げられた後に食事を続けた。
スザクさまもそのご様子に、安心なさったようで手を止めていた食事を再開された。
「スザク様、稽古、ご覧になりますか」
夕陽に照らされているお稽古の部屋。音楽を鳴らしてもらい、私は位置についた。あの曲にのせて、私は踊る。正面にはスザクさまが座られている。この踊りのお披露目はスザクさまにとって大切な場でもあるから、だから――。
――――
はっと、目が覚めた。
「都子!」
私はどこかに横たわっていて、ざわざわした音が聞こえる。私は目を開けているはずなのに、ぼやけていて、はっきりと見えない。誰かが私に話しかけている。
「森山さん、声が聞こえるかな」
声が聞こえる。動かすと身体中が痛い。手は、足は、動かせない。
「森山さん。この手が握れるかな」
私の手に何かが触れた。咄嗟に握ると軽く握り返された。
「都子、お母さんよ。分かる?」
おかあさん?
息を吸い込むと途端にむせた。その瞬間、また身体中が鈍く痛んだ。でもその痛みのおかげで視界が晴れた。
よく分からない、たくさんの機械がある空間。でもどこかで見たことがあるような、でもそれより雑多な感じがする。スザクさまはどこにいるのだろう。
ああ、違う。
ここは。
「どこ……」
「病院よ。都子。もう大丈夫だからね。ちゃんと、ちゃんと治るから。お父さんも今来るからね。大丈夫だよ。都子」
都子。大丈夫だよ。
そうか。ここは、イスファンじゃない。