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銀の砂漠  作者: 咲彩
1現代-学校編
6/10

6

7月。


 初夏。そろそろ夏休みだ。

「みやちゃん、学校の夏期講習行くでしょ?」

「行くよ。夏期講習ないと勉強しないし……。お母さんも喜んで講習代出してくれてるし……」

「さすが私立だよねー。1年生なのに手厚い!」

「持ち上がりで大学いきたいけど、テストの成績も良くないとね」

 制服も夏服に変わり、私はゆりちゃんと休み時間を過ごしていた。

 学生の本分は勉強。テストも終わり、結果も返って来た。結果は散々…とまではいかなかったのでほっとしている。でもこの学校は勉強に重きを置いており、希望者には夏期講習を行っている。7月の終わりからお盆前まで。せっかくの夏休みなのにわざわざ学校に来るのは暑くて仕方ないが、夏休みの課題も教えてくれるらしいので、せっかくだし彩月を誘っていた。

 高校生の夏休み。思う存分満喫したい。

「そういえばゆりちゃん、今日、西口のショッピングモール行こうと思うんだけど、部活ある?」

「部活だよー。残念。本買いに行くの?」

「うん。今日最新刊の発売日なの。それにお母さん仕事でいないし、テスト明けだしスタバ行こっかなって」

「いいなー。スタバの新作飲みたいんだよね。今度一緒に行こうよ!」

 楽しいな。こういう会話。1人の方が好きな時もあるけど、賑やかな場も楽しい。


 教室でゆりちゃんと別れ、1人で西口のショッピングセンターに向かうバス停に向かう。ちょうど先程、学校前のバス停を、バスが生徒を多く乗せて出発したので、今のバス停に人は待っていないはずなんだけど……。先客が1人いた。

 あの人。確かアズミ先輩。向こうも私に気がついた。

「あ、森山さん!?久しぶり!元気!?テストは大丈夫だった?あ、夏期講習でる?今日は1人なの?」

 矢継ぎ早に質問される。

「元気です。夏期講習でます。今日は1人です。テスト大丈夫でした。……あ、アズミ先輩、こんにちは」

 パワフルな人だ。彼女もこんにちは〜。とニコリと笑った。

「この後のバス乗る?どこ行くの?」

 首を傾げ、尋ねてくる。その動作がとても可愛いらしい。

「西口のモールに……。」

「あ、同じ!今ね、仁と待ち合わせしてるの。テスト終わりだからほんとは部活があるんだけど、テスト期間中で終わるはずだった武道場の整備が長引いてて、今日部活がないのよ。だからこれからバスで駅に行って、一緒にショッピングするんだけど、森山さんもくる?」

 なんてこった。行く先同じ。

「そんな、じゃまになるので……」

 誰がデートに着いて行くか。とんだおじゃまむしだ。

「そんなことないよ。仁も嬉しがるよ。森山さんいて」

「いえ!本当にじゃまだと思いますので……!」

「えー。じゃあ仁にも聞いてみようよ。きっと喜ぶよ?」

 喜ばないだろ。

「この後用事あるので……、すみません……」

 仕方ない。スタバは諦めて、本だけ買って帰ろう。ありもしない用事をでっち上げ、私は断れる人間になった。

「……じゃあまた今度ね?楽しみにしてるから!で、今はその用事まで時間ある?仁が来るまでお話しできない?あと5分くらいで来ると思うの」

「えっと、そのくらいでしたら大丈夫です」

 よかった。そう言ってアズミ先輩は微笑んだ。

「一度お話ししたかったの。森山さん、仁と龍斗、あなたに話しかけてて迷惑じゃない?」

「……え?」

「この前の菖蒲祭の話も聞いたよ。キャンプファイヤーの。どうせ仁がけしかけたんでしょ?」

「え、いえ、けしかけられてないです。大丈夫です。迷惑じゃないです。ちょっと、……不思議なだけで」

「不思議?」

「どうしてこんなに私に構ってくれるんだろうって……」

「仁も龍斗も、言ってないの?」

「前に、少し聞きました。写真見てくれたからって。でもそれだけです。……あの、アズミ先輩なら、知ってますか。……お2人が話しかけてくれる理由。」

 それだけじゃない気がするんです。

「……森山さん、さっき迷惑じゃないって言ってくれたよね。なら、もう少しだけ付き合って?あの2人のために。きっとどこかで諦めるから」

 ……私に話しかけるのを、諦める?変な言い方だ。まるで何かを期待していたような。

「森山さんには悪いと思ってるよ。でも、お願い」

 ……アズミ先輩はじっと私を見ていた。

「別に……大丈夫です。」

「ありがとう!あっ!携帯!」

 アズミ先輩は突然カバンをあけて携帯を出した。携帯はバイブで鳴っていて、電話にでる。ふとカバンの中に入っている教科書の名前が見えた。『安曇沙羅』

「仁?今バス停。終わった?……あ、もう来る?」

 仁、こっち!

「遅くなってごめんね。待った?」

 都子ちゃん元気?テスト大丈夫だった?

 彼は彼女と同じように私に尋ねた。


「仁ってば、私と同じこと聞いてる」

「誰だって気になるよね」

「テスト、大丈夫でした。……仁先輩」

 私がそう答えると、仁先輩は少し驚いた顔をして、嬉しそうにニコリと笑った。

 突然恥ずかしくなり、見てられなくなって、顔を背け大通りの方を見た。何やってるんだろ、私。

 大通りの車の信号が赤になり、私たちの前にどんどんと車が並び出す。ふと、目立つ赤い車が減速せずに向かってくるのが目に入った。

「あれって……」

 安曇先輩も目に入ったようで声を出す。その瞬間恐れていた通りガンッと大きな音を立て、赤い車が前の信号待ちしていた青い車に突っ込んだ。青い車の後ろのバンパーと赤い車の前のバンパーが衝撃を物語っており小さな煙を立てていた。

 その大きな音に辺りにいた通行人も道路を見ている。

「わあ……。事故見ちゃった……」

 安曇先輩が小さく呟く。私は目の前で起こった出来事にびっくりして動けなかった。

「都子ちゃん、大丈夫?」

 隣にいた仁先輩が私の顔を覗き込んだ。かなりの背丈の差がある為、仁先輩は私の顔を深く覗き込む体勢になっている。初めてみた事故に、私は咄嗟に声が出せず、うなづくだけになった。

「あ、先生だ。見に来てくれたみたい」

 安曇先輩が校門の方に顔を向けこちらに向かってくる先生を見つけ歩き出した。仁先輩は変わらず私の方を覗き込んでいる。

 そのため、気づくのが遅れたのだ。そのまた後ろから今度はトラックが来ていたこと、そしてそのトラックが減速していなかったこと。仁先輩が気づくのがもう少し早かったら。いいえ、私が動くのがもっと早かったら。結果はきっと違っていた。

「――都子」

 気付いた仁先輩が私の腕を掴む。私は掴まれた感触で硬直が解けたように動き、そして気付いた。その瞬間、やはりトラックは赤い車に突っ込んだ。それだけではない。突っ込まれた車が、こちらに、歩道に乗り込んで、


 あ、轢かれる。


「都子!」


 何かが私を抱き込んだ。


 全身に衝撃が走る。身体がアスファルトを滑っていき、温もりも離れた。身体中が痛く、悲鳴のような声も聞こえた。

「仁!!都子ちゃん!!」

 名前を呼ぶ声にかろうじて目を開ける。

 少し離れたところに綺麗な顔があった。仁先輩。その顔は赤い。血だ。血で汚れてる。


 仁先輩が、血にまみれて、横たわっている。


 その顔が、何かに重なった。でも、そのあとは何も覚えてない。



――――



 いつものようにパチリと目が覚めた。

 小さな部屋だ。寝台と、小さな机と、衣装箪笥。手の届かないほど上にある窓からは、まだ銀色に輝く月の光が差し込んでいた。

 身支度を済ませ、部屋を出るとちょうど他の奴隷を起こしに来たのか、不寝番の使用人に会った。

 会釈を交わし、私は食事を取りに厨房へ向かう。そこでも不寝番の料理人たちが下ごしらえをしていた。

 熱いお茶を分けてもらい、自分の杯に注ぐ。料理人たちにも会釈をして、食事のお盆を持って今度は奴隷用の食堂へ向かう。いつも通りまだ他の奴隷はいなかった。

 お盆を置き、すぐに燭台に火をつけられるよう火付けの準備をするけど、まだ火は付けない。自分1人のために火を使うなんて無駄遣いだと怒られるからだ。それでも私は食堂の窓際に座って外の暗闇を見るのが好きだった。


 今は遠くにいるあの方。早く帰って来てください。どうか、無事に。怪我がなく。


 私の主人。スザクさま。


 いつだって、そう、祈っている。

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