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銀の砂漠  作者: 咲彩
1現代-学校編
5/10

5

6月。


梅雨の季節だ。長い雨。

「みやちゃんー。おはよー。雨だよー。もうやだ学校行きたくない。もう行く気しなくなった。帰っていいよね?」

「もうここまで来たら学校行く方が早いよ。彩月、がんばろう」

「雨ってさー、少し寒いし、湿気で髪もまとまらないし、ほんとやだ。雨の日はリモート授業とかありかな!?」

「あったら嬉しいね。私はローファー濡れるのが嫌だし。もう一個先の駅でバス乗ってもいいけど、よく遅れてるから嫌だよね」

 朝は彩月と駅で待ち合わせして登校している。中学からの友達の彩月は、話し下手の私に構わず朝からよく喋る。


 私は雨は嫌いではない。

 といっても雨の中外に出るのは嫌だけど、しとしとと雨が降っているのを見るのが好きだ。

 学校で授業を受けている間も今日はずっと雨が降っていた。

 ザーザーと。


 昼休み。早く昼ごはんを食べたいが、今日は図書室へ行かなければいけない。

「ゆりちゃん、先にご飯食べてて。私図書室行ってくるから。本返さないと」

「えー、今?放課後でも良くない?」

「放課後から雨強くなるみたいだから、早く帰りたくて。一旦返してまた借りたいの」

「へえー。珍しいね。都子ちゃんが本読み切れなかったの。あっ、もしかして勉強しててとか?」

「ただ読み切れなかっただけよ。じゃあ早く行ってくるから」

 そう言って私は足早にザワザワとしている教室を出た。最近、本を借りては読み切れずに返す、または予約が入ってなければ再度借りるということをしていた。

 理由もある。最近本を読む時間が短い。ではなぜ短いのか。

 いつもは本を読むために寝る時間を削っていたのだが、最近は眠気に負けるのだ。そして寝不足になるという悪循環。

「本を読むペース落とそうかなー…。それも負けてる気がして嫌だなー…」 

 誰とも競ってないけどね。

 呟きながら若干早足で図書室へ向かう。特別教室がある階の方向はもうすでに周りには生徒はいない。

 たどり着いた雨の音だけが響き渡る図書室にも、人はいなかった。係員である図書委員がいるはずなのに。来るの早すぎたかな。本末転倒だ。仕方ないから次の次に借りる本を選んでしまおうと中庭に面する窓際の本棚に向かった。中庭を挟んだ向こう側も特別教室がある。あちら側は理科室と第一音楽室と第二音楽室と――……。


 その時、音が聞こえた。ただかき鳴らしている音ではない。ちゃんとした曲。どこで鳴らしてるんだろう。……まさか、音楽室から?こんなにも離れていて、雨も降っているのに?なんて大きい音で弾いているんだ。

 そして気付いた。私はこの曲を知っている。


 なんで。知りたい。この曲。なんの曲。だって、これは、夢の中で聞いた曲だ。

 ばさりと、持っていた本が私の腕の中で音を立てる。窓に縋り付いて中庭の向こう側の教室を見ようとしたが誰も見えない。


 どうしよう。今すぐ行ったら間に合うかな。

 迷っているうちに音が止まった。その代わりに図書室のドアが音を立てた。

「あ、遅くなってすみません。本、借りますか?」

 図書委員の生徒がぺこぺこしながら入ってきた。

「……この本、もう一回借りたいです」

 するりと声が出た。貸し出しのパソコンの前に本を置く。図書委員の生徒が手慣れた仕草で本のバーコードを読み込んだ。少ない冊数の本の手続きが終わった後、私は本を抱えたまま図書室を飛び出した。

 階段を降り、そこそこの生徒で混み合う渡り廊下を抜け、また階段を上がる。その先にあるのが音楽室だ。

 扉の前で一息ついてゆっくりドアを開ける。学校のドア特有のガラガラと音が響き渡った。


 だがそこには誰もいなかった。やっぱり空耳だったのだ。私の勘違い。またゆっくりドアを閉めた。緊張感と落胆と、胸が締め付けられるような、ほんの少しの焦燥感を感じながら。


 雨の音が響き渡る廊下を歩きながら教室へとぼとぼと戻る。先程の曲を思い出してみた。最近の私の寝不足になる夢の中の曲。うん、絶対そう。

あれは夢の中で聞いた曲だ。




 その夜、私はまた夢を見た。そこで私は踊っている。あの曲にのせて。そしてその正面には人が座っている。誰だか分からない。眩しい陽射しの中で、顔は影になって見えない。




 ねえ、この夢はなに?



 あなたは、知ってる?




――――



「マリルーシャ!」

 この声。振り返ると、軍隊の訓練中だったのだろうか、息を切らせたクラウスさまがこちらに駆けてきた。

「ちょうど見かけて…、この前の礼をしたくて」

「わざわざありがとうございます。ですが、礼には及びませんので」

 そう言ってきびすを返す。

「あ、待って」

 再度呼び止められる。これ、よかったら。と言って差し出された紙包み。なんだろうこれ。

「お菓子なんだ。昨日隊の方々が街に連れて行って下さって」

 紙包みの中身は焼き菓子だった。

「……ありがとうございます。お気遣い頂いて。ですが、頂けません。主人の断りなく奴隷はモノを頂けないんです」

 私がそう言うとクラウスさまの顔に驚きの表情が広がり、すぐに目線が下がった。

「そ、そうなんだ……。すまない、知らなくて……」

 クラウスさまの手元の包みが風に煽られてカサカサと音を立てる。

 こちらに駆けてきた時のクラウスさまと違い、明らかに気落ちした彼をみると、なんとなく不憫に思えてきた。

 私は周りを見渡し誰もいないことを確認した後、片手を広げ、クラウスさまに声をかけた。

「クラウスさま、お菓子をひとつ私の手のひらに置かずに落として下さい」

「落とす…?」

 クラウスさまは今度は疑問の顔を浮かべながら、お菓子を摘み上げ、私の手のひらの中に落としてもらう。

「クラウスさま。こちら、落としましたよ。処分いたしましょうか」

「……?。……あ、マリルーシャの好きなようにしてほしい」

「承知いたしました」

 そう言ってぱくりと口に入れた。焼き菓子の素朴な味が口に広がる。

 私の口にお菓子が入ったのを見届けると、クラウスさまは明らかにほっとした笑みを浮かべた。

「クラウスさま、そろそろ行かなくてよろしいんですか。訓練中では?」

「あ、本当だ。行かないと……。マリルーシャ、ありがとう。じゃあ、また」

「はい。こちらこそ思いかけずありがとうございました。クラウスさま、いってらっしゃいませ」

「あ、えっと、ありがとう……」

 そう言うとクラウスさまは開いた紙包みをわたわたと慌てながら丁寧に包み、駆けて行った。

 その後ろ姿を見届けて私も振り返った。目指す回廊には音が鳴り響いていた。他の奴隷はもう集まっているのだろうか。

 口の中にはまだ焼き菓子の味が広がっている。この曲に合わせて、今すぐ踊り出したい気分だった。

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