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5月。
「菖蒲祭?なんだっけそれ。入学パンフレットに載ってたっけ」
「柏餅食べる日だよー!確か!で、なんかキャンプファイヤーみたいに火祭りするらしい!」
「え、なにそれ……学校でやること……?」
毎年5月に行う菖蒲祭。
端午の節句にちなみ開催されるこの菖蒲祭は入学してから初めて行われる行事で生徒たちの交流の場となっている。
ちなみにキャンプファイヤーは夜ではなく、昼ど真ん中の時間帯で行うらしい。でもなぜキャンプファイヤーなのか。部族なのか。
当日になって。
全校生徒に配られる柏餅。とても美味しかった。
聞けば学校近所にある老舗の和菓子屋が作っているらしい。このマンモス校の生徒全員分を作るなんて、大した話だ。
いつもより少し長い昼休み、外のキャンプファイヤーを見に、私とゆりちゃんはグランドへ出てきていた。
「ほんとにキャンプファイヤーだね。大きな火!」
「うん。私、こんな大きなキャンプファイヤー初めて見たかも」
「えー、都子ちゃん見たことないの?キャンプとか行かない?バーベキューとかは?」
「バーベキューは家族とやったことあるけど、こんなに大きな火は見たことないかな」
「そうなんだぁ」
そのとき隣にいるゆりちゃんが誰かを発見して声を上げた。ブンブンと手を振っているのが見える。
「あ、都子ちゃん、部活の先輩!ちょっと挨拶してくる!」
「あ、うん。私教室戻るね」
そう言ってゆりちゃんと別れた。しばらくゆりちゃんは教室に戻らないだろう。
……手持ち無沙汰だ。このまま教室に帰ってもすることないし、彩月、どこかにいないかな。
ぼんやりとキャンプファイヤーに近づく。そのおおきな火を眺めていると同じように火を囲んでいる隣の生徒の集団から一際大きな笑い声が聞こえた。
あ、堂坂龍斗先輩。
彼はその生徒の集団の中にいた。彼とはあの芸術棟で別れた時から全く話していない。むしろあの日から今日まで初めて見かけたと言ってもいいほど久しぶりだった。近くにいるのは友人だろうか。男子生徒と戯れあっていて、いかにも年相応の男子生徒という雰囲気だ。それでも。
……綺麗だな。
兄と比べて端正な、兄が日焼けしたワイルド系なら、弟は美白な王子様系の顔立ちだ。
王子様とキャンプファイヤー、似合わないな。
そう思った瞬間、堂坂仁先輩の顔が何故か思い浮かんだ。うん、そうだ。仁先輩の方が火が似合う。
頭に思い浮かべると不思議と笑みが溢れた。
その時、突風が吹いた。火が、私の前に迫り来る。
火、が。
動け。私の身体。動け。炎に、飲み込ま、れ、
いや
どうして逃げるの?
その思考に至った瞬間、私の目の前に人影が現れた。
「なんで避けない!?」
人影は、炎から私を庇うように立っていた。
この声が堂坂仁先輩だと認識した瞬間、逆光になって見えなかった人影が堂坂先輩に変わった。
「……ありがとうございました」
「火の粉がとんで、火傷したらどうする?危ないだろ」
「……すみません」
「……怒ってるわけじゃないんだよ」
キャンプファイヤーが行われているグラウンドと校舎を隔てるベンチに堂坂仁先輩が連れてきてくれた。
「……昔から、火を見るのが好きなんです。こんな大きな火ではないんですけど」
「―へぇ?焚き火を見るとリラックス効果がでると言ってるのと一緒?」
「それもあるんですけど、……なぜか、気になって。目に付くんです。自然と目線が、向かって―」
ああ、そうだ。
「火を見ていると、何か思い出す気が、して……」
堂坂先輩は何も言わなかった。
パチパチと火花が燃え、グラウンドのキャンプファイヤーのそばで笑い声をあげる生徒たちの声が響き渡る。
ぼうっとその様子を2人で眺める。長い沈黙の後、堂坂先輩が口を開いた。
「森山さんは、思い出したい?」
―思い出す?
「……分かりません。」
「なんで?」
堂坂先輩はずいぶん突っ込んでくる。だって、思い出すも何も。
「良い記憶なのか、悪い記憶なのかも分からないから……」
そうだ。小さい頃から火が気になった。でもなんでそう思うのだろう。
なんで、火と、記憶?
深く、深く思考が沈んでいく。
その時、堂坂先輩の声でここは学校のベンチだと気付いた。
「そっか」
「あ、あの」
「いや、なんでもないよ。気にしないで」
堂坂先輩は気が抜けたように笑うと、ベンチから立ち上がり伸びをした。すると何かに気付いたように声を掛けた。
「お、龍斗。いたのか」
堂坂先輩の声に私も振り向くと、校舎から今度は堂坂龍斗先輩が歩いてきた。
「2人で、なんの話してたんですか」
若干むすっとしている。さっきの生徒たちと笑っていた姿と比べると差は明らかだ。なんで機嫌が悪いんだ。
「森山さんは火が好きだって話」
堂坂仁先輩の言い方はまるで語尾にハートが着いていそうで、私は若干ギョッとして彼を見た。龍斗先輩の方は目を見開き、顔は引き攣っていた。明らかに機嫌を損ねている。
「はぁぁ?」
「んだよ、嫉妬か?嫉妬は見苦しいなぁー。なぁ、都子ちゃん?」
「ちょ……、嫉妬じゃないですから!それに名前で呼ばないであげてください!もう、腕…、腕邪魔です!」
喧嘩、喧嘩はやめてくれ。嫉妬はどうでもいいから。兄の仁先輩は弟の龍斗先輩の肩に腕を絡め、無理やり校舎へ歩き出した。……喧嘩…だよね?
「あっ、堂坂先輩!」
2人が振り向いた。
「すみません…。堂坂仁先輩」
堂坂仁先輩はニコリと、堂坂龍斗先輩は無表情になった。これ以上の機嫌を損ねてももう一度言わなくては。
「ありがとうございました!」
「どーいたしまして。森山さん、火が好きだとしても、次からは危ないから近寄らないでね。あと次からは名前で呼んで」
……名前?
「どっちを呼んでるか分からないだろ?」
じゃあね。そうして2人は仲良く肩を組みながら校舎へ戻って行った。
―――
ぶわりと、炎が眼前に広がった。
広がった炎は、私たちの目の前のものを全て飲み込んで行き、飲み込んだ後は人々のざわめきも残らなかった。
後から聞いた話によると、刃物を持ち出した反逆者はスザクさまの召喚した炎に飲み込まれたらしい。さすがスザクさまの素早い反応。
「びっくりしたわ。あんなに大きな炎、初めて見たの。ねえマリルーシャ、皆さんこんな風に炎を出すの?」
「このイスファンで火の精霊のご加護をお持ちなのはスザクさまを筆頭にごく少数でございますので…、わたくしも他の火の精霊のご加護を持つ方とお会いしたことがごさいません。ですが、神官たちのお話では、スザクさまの御力は歴代の火のご加護の皇族方とは比べものにはならないくらい大きな御力であると伺ったことがございます。そして制御する御力も随一だとか」
「へええ。そうなのねー。さすがスザクだわ。ねえ、そういえばマリルーシャは?なんの力なの?」
「わたくしのは―」
声を上げた瞬間、衣擦れの音がした。スザクさまがお戻りになったらしい。
「あっ、スザク!おつかれさま!」
「ん、ただいま、アン。……今日、びっくりしたろう?」
「ええ、びっくりしたわ。だって、何もないところから炎がでるんですもの。それに、あの人たち。火傷もしてないんでしょ?怪我をせずに捕えるなんて、すごいわ!」
アンリシャールさまにそう言われ、硬い表情をしていたスザクさまのお顔が少し緩んだ。それを見て、私の胸にも安心が広がった。