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銀の砂漠  作者: 咲彩
1現代-学校編
2/10

2

入学式を終えた次の日、私は友達ができた。

 私の一つ前の出席番号のゆりちゃんだ。

 人懐こく話しかけてくれる彼女に私が気を許すまでそんなに時間はかからなかった。まるで彩月のように賑やかな彼女も、同中からの友達はいないみたいで、すでにグループが出来つつある教室の中で共に行動するには都合がよかった。



 そして、『桜の彼』とも、再会するのに時間はかからなかった。

 場所はお昼の食堂。

「あ」

「…あ」

 彼は私が迷っていたB定食の学食のトレーを持っている。ちなみに私はA定食。

「えっと、あのさ…、この前…、部活見にきてほしいって言ったの…あの…覚えてる?」

 生徒でごった返す食堂で質問された。もちろん覚えてる。

「…覚えてます。弓道部ですよね」

「そう!」

 緊張してた顔がパッと明るくなった。

「あの、よかったら、今日見学こないかな…?全然見学の新入生とかきてなくて!」

 彼は慌てて付け足した。弓道部か。

 一瞬会話に詰まると、ザワザワとした周囲の音が聞こえ始めた。

「ごめん。こんな場所でまた言って。次いつ会えるかと思って」

 彼は慌てて言った。私は自分の頬が熱くなるのを感じた、

「行きます。……友達と一緒でもいいですか?」

「友達!!?」

 何故だかとても驚かれた。なんでだ。

「あっ、うん、全然、大丈夫。お友達も、ぜひ」

「……ありがとうございます」

「……あっ、そういえば名前。名前、覚えてる?堂坂です。堂坂龍斗」

「あ、私は」

「森山さんでしょ、森山都子」

「え、そうです……」

「えと、ありがとう。待ってるから。……来てね。じゃあ」



 放課後になって部活見学に一緒に着いてきてくれたのはゆりちゃんだ。

 にこにこしながらたくさん質問してきた。

「弓道って興味あるの?やったことある?」

「まったく。でも入学式の日に声をかけてくれた2年生の先輩が見に来てほしいって」

 そうなのだ。弓道にはこれっぽっちも興味がない。でもせっかく桜の彼が声を掛けてくれたので。それだけの理由だ。本当に、それだけ。

「先輩に声掛けられるってすごいねぇ。恋が始まる!」

「なんも始まらないよ。だって先輩だし」

「きっと一目惚れだよー!」

「違うって。弓道場ってここだよね。入っていいのかな……。邪魔しちゃう?」

「入り口から覗いてみようよ。多分気付いてくれるでしょ!」

弓道場に着いた。入るのを躊躇う私にゆりちゃんはぐいぐいと私を引っ張る。弓道場の入り口には複数の生徒がいた。格好を見るとまだ制服に着られているから、新入生。つまり見学に来た入部希望者。めちゃくちゃいるじゃん。全然来てないって言ってたのに。

「ひといっぱいいてよかったね!」

なんとなくその後ろに連なると、弓道場の中から声がかかった。

「そろそろ練習開始するので、見学希望の1年生は中にどうぞ!」

ぞろぞろと中に入る。

声を掛けてくれたのは溌剌とした女子だった。自己紹介をしてくれてどうやら部長らしい。

「じゃあ1年生はそちらの隅で座っててね。またあとで説明しますから。アズミさんあとよろしく」

「はーい。マネージャーのアズミです。みなさん、先にこの名簿にクラスと名前、書いて行ってね。書いた人からこの壁際に座って行って。あ、正座でね」

アズミと呼ばれたマネージャーが私たちに話しかけた。弓道に興味がない手前、先んじて他の1年生より名簿に名前を書くのが後ろめたく、名簿の列のいちばん後ろに並んだ。並びながら先輩たちの練習をチラリと見ると、いた。あの『桜の彼』。すぐ目が合ってチラリと笑いかけられた。気まずくなってすぐ目を逸らすと、今度はマネージャーさんと目が合った。

マネージャーさんは、私が困惑するくらいとてつもなくニコニコしていた。上品で、ふわふわしていて、到底私が出せないような可愛らしさと袖が長めの無骨なジャージとのギャップが守りたくなるような雰囲気を醸し出しているそのマネージャーさんは、若干俯きがちの私の目を覗き込むように見つめている。そして名簿にクラスと名前を書く私の手元もじっと見つめている。穴が開きそうだからやめてくれ。ゆりちゃんまで全員書きおわると、マネージャーさんは名簿を受け取った。

「名前、ありがとう。みなさん、今日はしっかりと見学していってね」

最後は私を見ながらそう告げた。全員に向けて言ってくれ。気まずいでしょ。


練習はつつがなく進んでいった。何をどのようにしているか分からないけど、弓道はかっこいい。

でもなんで、『桜の彼』は私にこんなに話しかけるのだろうか。もしかして、ゆりちゃんの言う通り、――恋?いや、まさか。


「森山さん。今日は来てくれてありがとう」

部員の先輩たちが休憩に入り、見学時間が終了したあと、『桜の彼』が話しかけてくれた。

ゆりちゃんと他の新入生と合わせて出ようとした時で、『桜の彼』は正座している私の横に同じく正座をした。そしてなぜかその隣にアズミ先輩も座る。

私の隣ではゆりちゃんが目をハートにさせている気配を感じた。先輩たちはこれからも練習だ。

「森山さんさえ良ければまた明日も」

「龍斗、森山さんも他の部活も見てみたいでしょ。あんまり強く誘っちゃかわいそうよ」

アズミ先輩が隣で桜の彼に話しかけた。リュウトって下の名前で呼ぶほど親しいんだ。……へぇー……。

「あ、あの……」

おずおずと話しかけてみた。はじめて会った時と比べるとずいぶん流暢に話す彼と、人見知り見本市の私の発言に3人とも注目してくれた。むしろ沈黙が痛い。

「あの、堂坂先輩は、なんで私にこんなに話しかけてくれるんですか…」

 俯きがちに小さく話す私に一瞬の沈黙のあと、吐息のような笑い声が聞こえた。

 勇気を出して前を向く。堂坂先輩とアズミ先輩が、優しい笑顔を浮かべていた。まるで懐かしいものを見るように、大人が小さい子を見るように。愛しむように。

「……それはね」

がちゃん。

 アズミ先輩が口を開いたその時、入り口から大きな音がした。

 部長さんの声と、知らない男子の声がここまで聞こえた。

「トウサカ。なんか用?剣道部なのに」

「あー、そう。弟か沙羅に?ちょっと用があって?入っていい?」

「勝手に入るんでしょー。どーぞ。あんたは、全く…」

「どーもどーも」

しつれいします。さらー。りゅー。どっちかいるー?

 その声の主はあっという間に私たちがいる場まで姿を現した。

 上下紺の胴着と袴を着た多分生徒。少し日に焼けていて、整った顔立ちの――。




―その顔を見た瞬間、私の中に、何かが湧き起こった。

胸に迫るような感嘆。この場で泣き叫び飛び上がるくらいの、なのにもどかしくて言語化出来ないこの――歓喜。最上の、胸を貫く喜び。




 思わず正座から彼の方を向き膝立ちになっていた。なんでこんなにも喜んでいるのか、わからない。何処かで出会った覚えもなく、ただ会えて嬉しい。そんな感情を自覚した瞬間、目尻と頬が濡れていた。

「あ…」

 なんで泣いているのだろう。どんどん湧き上がる涙に慌てて拭おうとしたところ、阻止する腕があった。


 日に焼けた腕が私の腕を掴んでる。

「ティッシュ」

 その人が私の前に屈んでいた。そして私を掴んでいる反対側の腕を堂坂先輩に差し出している。

 堂坂先輩が慌てて立ちあがろうとすると横から箱のティッシュが割り込んできた。

「どうぞ」

「ありがと」

 日に焼けた腕の主はティッシュを何枚か取ると私の顔の下に当てた。

「擦ると目が腫れる」

 その人は私の顔を覗き込んで微かに笑った。

「泣くな。腫れると明日笑われるぞ」

 続けて口の形が動いたが、何も聞こえなかった。今、なんて言った?


「トウサカ!何やったの!1年生泣かしてる!?」

 唐突に部長さんの声が大きく響いた。

「何にもやってねーよ。勝手に泣いたんだ」

「あっ、そうです!なんかいきなり出てきただけなんです!ゴミが入ったのかもしれないです!本当に!全く!」

「みやちゃん大丈夫!?」

 ゆりちゃんも横で慌ててる。

 すでに私の涙は止まっていた。なんでだろう。

「本当だよ。メイ。仁は何もやってないから」

「ええ……。残念ながら……」

 マネージャーさんと堂坂先輩も口を出してくれる。堂坂先輩はなんでか悔しそうだけど……。ん?トウサカ?

 その人をちらりと見る。

 その人も私の方を見ていた。

「俺は堂坂仁。そこの龍斗の兄貴。3年。ねえ君たち」

 堂坂仁は今度はからりと笑って言った。

「明日は剣道部見学においで。俺剣道部なの」



 涙が引っ込み、先輩たちに見送られながらゆりちゃんと一緒に弓道場を後にした。

 ゆりちゃんはなんで私が泣いたのか、話題を避けてくれたおかげで、私の気まずさは軽くなっていた。

「みやちゃん、明日は剣道部見に行くよね?あのイケメンの先輩に会いに行こうよ!」

「…そうだね。行こうかな」

「やった!楽しみ!」

 笑うゆりちゃんを見て明日もまた泣いてしまうのかもと少し、思った。



「ねえ、なんであの子泣いてたの?堂坂が勝手すぎてびっくりしたのかな」

「さあなー。なんでだろうな。明日はウチの部の見学に来てくれるから聞いてやるよ」

「無理に聞かなくていいよ。地黒は気が利かないな」

「地黒じゃねーよ。日焼けだよ」

「どう見たって地黒じゃない」

「俺は元々色白なんだよ。沙羅、龍斗。部活終わったら一緒に帰ろう」

「兄さんって、ほんとタイミング悪いですよね。俺たちが先に話していたのに」

「仁がまさかあのタイミングで来るとは思わなかったよ。明日しっかりと話しかけてきてね」

「ところでさー、なんで3人ともあんなにあの泣いた子に構ってるの?」

「……メイ。もうすぐ休憩時間終わりだから戻ろう。仁もだよ。早く武道場に戻って、ほら早く龍斗も!」

「えぇ!ほんとだ!もうこんな時間!」

バタバタと3人が弓道場へ戻るのを横目に、仁は仲良く歩く少女2人の後ろ姿を見つめていた。そしてそっと呟く。


「……昔、会ったことがあるんだ。ほんとうに昔に……」



――――



 それは私がスザクさまの奴隷として、踊りに歌にと稽古し始めた時のことだ。

 ずっと付き従っていたスザクさまから離れ、年上の奴隷たちと共に行う稽古はとても厳しく、寡黙な私でも時折泣き言を漏らしていた。

「先生に怒られてばかりなんです…。このままじゃ宴に出せれないとか、カフカはこの年ではもっと踊れたとか、スザクさまのお付きとして恥ずかしくないのかとか……」

「お前はまだ稽古を始めたばかりなんだから、仕方ないだろ?始めからカフカのようになれるわけない」

 スザクさまは突っ伏しながらズビズビと泣く私の頬に布を押し当てた。

「泣くな泣くな。目が腫れたら笑われるぞ」

 腫れたまま明日稽古に出るつもりか?

 そう言うとスザクさまはからりと笑った。

 その笑顔が私にどれだけ心を励ましたか言うまでもない。


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