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炎が好きだ
綺麗で、神秘的で、全てを巻き込むあの勢い
だけど少しこわい
炎を見ていると焦燥感にかられる
何故だか分からないけれど、思い出せと、言われているような気がする
今日は少し早く目が覚めた。
目覚ましがかけてある時間よりまだ30分ほど早いけど、特別な日だから仕方ない。
ゆっくりと新しい制服を身につけた。
今日から高校生だから白のシャツに、紺のチェックのプリーツスカート、紺のブレザー。
少し前まではセーラー服だったから、まだ見慣れない自分にすぐ目をそらした。
肩甲骨まである黒い髪は少し悩んだけど、そのまま結ばずおろすことにした。変なアレンジでもして友達にからかわれたら堪らない。
「おはよ」
「おはよう。高校生」
部屋のある2階から1階に降り、キッチンに入ったところで朝食を作ってるお母さんに挨拶した。お母さんは振り向いて返事をした。
「制服、いいんじゃない。ご飯ゆっくり食べなー」
キッチンの前にあるイスに座り、テーブルにあるご飯をお茶漬けにした。そのまま朝のニュースを見ながらもそもそと食べた。
今日は入学式だ。私、森山都子は、私立灯籠川大学附属灯籠川高等学校に入学する。
これからの高校生活。期待と、不安と、ほんの少しの焦燥感。
今日から3年間のことを思うと、胸の中がチリチリと焼けつく。まるで小さな炎のように。
「みやちゃん!おはよ!」
母と父と一緒に車で高校の入学式に向かった。
受付を済ませ、会場となる体育館へ入り、壁に貼ってあるクラス表を確認してると、後ろから親友がぶつかってきた。浅野彩月。小学生からの付き合いで、この学校に一緒に入学する。
「おはよー。彩月。ブレザー似合う!」
入学式が始まった。
なんも変哲も無い挨拶や、校長の話。あくびを噛み殺していると、あっという間に終わった。
なんだ。こんなもんか。
今朝の焦燥感はなんだったのか。まだ入学式だから、なんにも起きないか。
でも、何か起きたら?
私はどうするだろう。
逃げるのか、立ち向かうのか、それとも傍観か。
だが、もはやどうすることもできない。
これから起こることを全て受け入れるしかないのだ。
式が終わり、生徒が新しいクラスごとに教室に移動する頃、私は、えぐえぐとうなだれる彩月をなだめていた。
「大丈夫だよ、クラス変わっても彩月ならすぐ友達見つかるよ」
「そうじゃないのー!私はみやちゃんと一緒のクラスになりたかったの!みやちゃん1人じゃ、友達もできなさそうだし!」
「…友達くらいできるよ…。多分…。いや、話し相手かな…」
「ほらあ!!」
私は1年5組、彩月は1年4組。さすが灯籠川。マンモス校なので1学年9クラスまである。
彩月の言う通り、私はかなりの口下手で、友達の出来なさそうな性格である。
でもそれは彩月しか同じ学校に進む人がいない環境で、もしかしたらと覚悟していたことなので、仕方ない。
「ほら、隣のクラスだし大丈夫」
そう言って彩月を4組に押しやり、私は5組の教室に入って行った。
帰りは彩月とは別で、私は職場の知り合いに会ったと話している両親を校門で待っていた。
桜が、綺麗だ。
そう思った瞬間、強い風が桜に吹いて、花びらが思い切りよく散った。
その瞬間、持っていた書類が私の手から1枚飛び出した。慌てて取りに行くと私より先にその書類を取る手があった。
「すみません!ありがとうございます!」
男子の制服を着た彼は、私を見て目を見開いた。
そんなにびっくりさせてしまったのだろうか。
彼は精悍な顔立ちで、私より背が高くて、端正な顔立ちの、目を引く雰囲気をしていた。
「あ、あの、プリント…」
「…どうぞ」
彼は呆然と私を凝視していて私がそばに行って手を差し出しても反応しなかった。声をかけるとようやくプリントを掴んでる手を動かした。
はっきり言って居心地が悪い。
お礼を早口で言って足早に去ろうとした。すると声をかけられた。
「ねえ!」
びっくりして振り向く。彼から発せられた声だった。
「あの、新入生だよね?名前、教えてくれる?」
彼はどこか必死で、焦っているような感じがした。
「…森山都子です…」
「何組?」
間髪入れずにまた尋ねられた。
「…5組です」
「……5組……そう……。モリヤマさん……」
「……あの」
「あ……、ごめん。ごめんね。モリヤマさん、モリヤマミヤコさんね……」
彼は呆然と私の名前を繰り返した。
「ごめんね。……俺は2年の堂坂龍斗」
「……とうさか、先輩……」
私がこわごわと名前を繰り返すと彼は少しほっとしたように微笑んだ。
やはり私は居心地が悪く目を伏せた瞬間、声がした。両親が校舎から歩いてくる。
「……あ、えっと、あの、両親が来たので……」
「あっ、えっと、そうだよね。呼び止めてごめんね………あっ!」
「はいっ!」
大きな声には大きな声で反応してしまった。
「俺、弓道部なんだ、この学校部活が盛んで一年はどこかの部に入らなきゃいけないから勧誘もすごかっただろう?だから、……弓道部、見に来て、ほしい」
「……あ。はい……」
「っほんと!ありがとう…!……待ってるから!……じゃあ!」
ぱっと顔を明るくして、彼は校舎に駆けて行った。
まるで人見知りの見本市のような会話だったのに、この春の風のような爽やかな外見の彼が、どうにも気になって気になって、なぜか私は両親が来るまで目が離せなかった。
――――
探し回った主人は、風が吹き荒ぶ吹き抜けの回廊にいた。
「スザクさま。……まだお休みにならないのですか」
「マリルーシャ。……砂漠を見ていたんだ。アンリシャール姫とクラウス殿は部屋に下がった?」
「はい。すでにお下がりになられています。スザクさまも、本日はお疲れでは」
「ああ。……もう下がるよ。行こうか」
スザクさまが身を翻した瞬間、一等強い風が吹き、私が持っているランプの火を消してしまった。
私はあっと声を漏らしたが、スザクさまがランプに手をかざした。そして再びランプに火がついた。
「申し訳ありません。ありがとうございます」
「今夜は風が強いな。砂まみれにならないうちに、早く戻ろう」
私は先程風で翻った頭飾りのベールを元の位置に直しながらスザクさまが灯した火を頼りに、ゆっくりと回廊を照らしていった。