8話 お薬屋さん
僕はね、お薬屋さんなんだ!
この言葉は俺の中でのリリンの重要度を著しく上昇させた。
薬屋さん、つまりそれは俺が探し求めている薬の1歩手前の存在だ。
もしかしたら俺が欲しい薬を作ってくれるかもしれない。
まぁ、現状では意志を伝える手段がないため、何が欲しいかなどは伝えられないが、なんとかすれば手に入るかもしれないというのはでかい。
リリンを助けるという事の重要性が一気に高まった。
「じゃー、ちょっと待っててね!」
そう言ってリリンは薬草達に水のようなものをかけたり少しだけ摘み取ったりしている。
そして摘み取った薬草を慣れた手つきで水に浸したりすり潰したりして手際よく薬を作っていく。
やや経って、リリンの前には何個もの薬の入った瓶が出来上がっていた。
「ふぅー、疲れたぁ」
そう言ってリリンは汗を拭った。
かなりの集中力を使っているように見えたし、ヘトヘトになっても仕方が無いだろう。
しかし、リリンはほんの少し休み、すぐさま次の作業に移り出した。
リリンはさっき作った薬を天井に空いている小さな穴から外へとコロコロと転がし、移動させた。
「よぉし、じゃあ行くよー!」
リリンは僕の手を引いて外へと出ていく。
そして、さっき薬を外に出した所へと向かい、その薬をカバンの中に詰めていく。
「これを今から売りに行くんだけどね、売れるのがちょっと遠い場所なんだよねー」
「あぅあ…………」
そうか、だから昨日もあんなに遅くに帰ってきていたのか。
…………あれ、というかそれならずっとこんな所に住んでいる理由も無くないか?
ここの薬草を使っているからという理由も考えられるが、それでいい生活ができていない以上そんな事を続ける必要も無いように思える。
……何かあるんだろうな。
ただ、俺には何があったのかを聞く能力は無い。
気になるがこれ以上はどうしようもないだろう。
俺がそう思いながら悶々としていると、リリンは何か思い立ったように、少し恥ずかしがりながら俺に話しかけてきた。
「…………ねぇ、眠り姫、よかったら、さ、ついてきてくれないかな? ずっと一人だったから寂しくて…………」
「…………あぅ!」
俺は肯定した。
もちろんリリンについて行くに決まって居るじゃないか。
そうすると、リリンは嬉しそうに笑い、しっかりと僕の手を握り直した。
「やったぁ! じゃあ、一緒に行こ!」
「あう!」
「あ、けど、何かちゃんとした服が欲しいよね、ちょっとボロボロだし………」
「あう?」
あぁ、確かにそうだな。
この前鏡を見た時にはそこまで考えていなかったが、よくよく考えてみればやせ細った肢体が見えている時点でかなりボロボロなのだろう。
この世にはこういったやせ細った幼女を好き好む変態もいる訳だし、危険回避のためにもこの体は見えないようにした方がいい。
そう思っていると、リリンが家の奥から何やらローブのようなものを持ってきた。
「はい! これ着て! ここにあったものだから大人用だけど…………」
「あぅあぅー」
助かった。
俺はそのローブを上からすっぽりと被る。
かなり大きいが着れないこともない。
「おー! 似合ってる、可愛い!」
「あぅ?」
そんなにだろうか?
昔からオシャレというものには疎かったからよく分からない…………。
そんなこんなで準備が終わり、リリンは軽やかに歩き出す。
俺もついていこうとするが、やはり体がまだ完全に自由に動かせるわけではない。
しかし、ぎこちない動きになってしまうが、それでもリリンの隣を歩くことができた。
おそらく、リリンは大きなカバンを背負い、時々僕の方を気にしながら歩いてくれているからだろう。
「ねぇ、眠り姫……歩くの、大丈夫?」
「あぅ……」
少しだけ心配そうな表情を見せたリリンだったが、僕が頷くと安心したように微笑んだ。
惚れてしまいそうだ。
しばらく歩くと、森を抜けて少し開けた場所に出た。
時間的には3、4時間ほど歩いたところだ。
遠くに見えるのは少し大きめの街のようだ。
リリンはその方向を指さしながら言う。
「あそこにあるのが、私がいつも薬を売りに行ってる村だよ!」
街の家々からは煙が上がり、のんびりとした雰囲気が漂っている。
けれどリリンはそれとは対称的にどこか不安そうな顔をしていた。
「…………実はね、この村、薬を売るのがちょっと大変なんだ。みんな、私のことをあんまりよく思ってなくて……」
「…………あぅ?」
どうしてだろう、と思うが、リリンはそれ以上は語らなかった。
「でもね、ちゃんと薬を売らないと生活できないし……だから、今日も頑張るよ!」
リリンはそう言って、気合を入れるように自分の頬を軽く叩いた。
そして、僕の方を向いて少し照れくさそうに言う。
「眠り姫が一緒にいてくれるだけで、すっごく心強いよ!」
…………いい子だ。
なんでこんないい子がこんな生活をしているのか、疑問でならない。
というかおおよそ子供がしていい生活では無いだろう。
…………その答えは、街に入ると否が応でも知ることになってしまった。