53話 血の着いたローブ
その目には恐怖と怒りが混ざり合った色が宿っていたが、明らかに勝算を見失っている様子だ。
「……お前、何者だ……人間じゃねぇ……!」
「……まぁ、そうだね」
被っていたローブのフードを外し、その中に隠された髪を晒す。
どうせこいつらは殺すんだし、周りに人の目も無い、なら見せてやってもいい。
リリンとネロ以外には俺の髪を見られたことは無かったためこの髪を見られた時の反応は分かっていない。
リリンが長年苦しんでいる事なんだ、俺も経験はしておいた方がいい。
フードを外したことによって俺の視界に綺麗な銀髪がチラつく。
食べ物を食べ始めたからか最初とは比べ物にならない程の艶を誇っている。
はっきり言ってどの程度で美しい髪というのかは分からないが、少なくともリリンは綺麗って言ってくれてるし美しい髪なのだろう。
「お、お前、まさか…………!?」
「……半魔では無いんだけどね」
「や、そりゃあ…………」
男は目を丸くする。
が、すぐにその瞳は恐怖に飲まれた瞳に戻る。
ゆっくりと男に歩み寄りながら、剣を構える。
銀髪を揺らしながら、男を冷ややかに見下ろす。
「ま、待ってくれ、もうお前らには関わらない! 話もばらさない、だから助けてくれっ!」
必死に命乞いをする声が路地裏の静寂に虚しく響く。
だが、もう聞く耳は持たない。
俺は静かに剣を振り下ろした。
「がっ……」
男の言葉は、剣が深く胸を貫く音でかき消された。
その瞬間、またしても俺の毒混じりの血が男の体内へ流れ込み、男の表情が恐怖と痛みに歪む。
「……っ、ぉ、が……」
男の目が反転し、体は泡を吹きながら痙攣し、やがて力なく崩れ落ちた。
そして、もう1人にもとどめを刺す。
「………リリン、終わったよ」
俺は剣を軽く振り、付着した血と毒を地面に飛ばすと、深く息を吐いた。
さて、こいつらはどうしようか。
そう思って男達を見る。
「…………ネムちゃん?」
「ぁ……あぁ、大丈夫」
少し見詰めすぎて居たみたいだ。
前ほどでは無い、が、やはり欲求というものは止められない。
何もしないようにしているのにそれでも手は死体の方向へと伸びていってしまう。
それを必死に抑えているとリリンが俺に抱きついてきた。
「ネムちゃん、ごめんね、僕怖くて動けなくて…………」
「うん、大丈夫、それよりはやくここを離れよう、こいつらの仲間が来たりでもしたら……」
「ネムちゃん、僕は大丈夫だからさ…………いいよ」
それが何を意味するのか、それ以上言わずとも伝わった。
渇望。
とめどない欲求に身を包まれる。
「……リリン、目を閉じて」
俺はリリンの頭を優しく撫でる。
リリンは何も言わず、目を閉じた。
ゆっくりと男の死体に近づき、しゃがみ込む。
胸の奥から湧き上がる衝動に逆らえない。
どうしようもない渇きが、喉を焼く。
「……少しだけ、だから」
小さく呟き、私は男の肩に手をかけると、口を開いた。
私の小さな口が、柔らかい皮膚を噛み破る。
血が溢れ出し、鉄のような匂いと共に温かさが口内に広がる。
一口、二口……。
「ん……」
歯ごたえのある肉を噛み締めながら、私の中の本能が満たされていくのを感じる。
次第に快感と背徳感が混ざり合い、心がざらつく。
これが、リリンが言っていた“欲求”だ。
止められない、けど止めなければならない。
それでも…………。
「……はぁ」
口元から垂れた血を拭い、ようやく私は顔を上げた。
死体の全てをこの身に納めたのに不思議のその欲求は完全には満たされない。
胸の奥に残った罪悪感と、それでも満たされていく衝動の余韻。
「……ごめん、リリン」
そう呟きながら、俺はゆっくりと立ち上がった。
振り返ると、目を閉じたままのリリンが小さく震えていた。
俺は彼女を強く抱きしめた。
「もう大丈夫だよ、行こう」
リリンは小さく頷き、俺の手を握り返してくれた。
正当化をするつもりでは無いが、ここで死体を残しておくというのも少し問題があった。
ここにすぐ人が来るとは思えないし、ここに俺達が3人の男達と来たというのを見ていた人も居ないとは思う。
だが、それでも万が一そんな人がいた場合、少しまずい。
全身をローブで包んだ子供というのは割と目立ってしまうものだ、障害は少しでも減らしておきたい。
そこであることに気がついた俺は一旦ローブを裏返して着る。
俺のローブには男たちからの返り血がベッタリと付いている。
外に血が着いたローブを着ていくのはあらぬ誤解を呼ぶ。
「あ、それも買い替えなきゃね……」
「や、洗うだけで大丈夫だよ」
暗い色のローブだし、ちゃんと洗えばちょっとした染み程度までは誤魔化すことも出来ると思う。
「じゃ、早く行こ、何があるか分からないし…………」
「うん、そうだね!」
さっきまではまだ少しくらい様子だったが、今はいつもまでの元気を取り戻したように感じた。
…………リリンは何か良くないことが起こると俺の事を気にしてか無理にでも明るく振舞っているんだろうな。
少し、心配だ。
俺達は逃げるようにバロナ村から出ていった。




