52話 毒
剣を構えながら1歩、また1歩と歩みを進める。
男たちはたじろぎながらも警戒心を強める。
俺ほどの力があればこの程度の重さの剣ならば軽々と振り回すことが出来る。
静寂が辺りを包み、俺の加速していく足音のみが聞こえてくる。
先程刺したこの剣の持ち主の男は少しづつ後退し、他の男2人の陰に隠れている。
よく見れば傷口に何か薬のようなものを塗っている。
…………この世にはポーションとかいう意味分からん回復アイテムがあるわけだし、もしかしたら時間経過によってすぐに戦線復帰してくるかもしれない。
男は夥しい量の血を腹部からボタボタと流しているが、それでもある程度動ける程度の余力はあるみたいだ。
…………だが、他の奴らに守られてるんじゃトドメのさしょうがない。
さっきの会話を聞くに最初に刺した男はこいつらの中でも強い方なのだろう。
いいだろう、順番に殺してやるよ。
剣を目の前の男二人に向ける。
少し表情が険しくなった二人に容赦なく突き刺す様に攻撃を仕掛ける。
「……っ!」
さっきの俺の狂気的な攻撃を見たからか二人は少し大袈裟に俺の攻撃を避けてくる。
…………だが、無駄だ。
「……遅い」
俺はさらにもう一歩踏み込み、剣のリーチ内に少し避けきれていなかった一人を入れる。
それでも、尚回避行動を取り続けようとしたため、剣を扱う事の出来ない俺ではそれに決定打を与えることが出来なかった。
俺の攻撃は1人の男の肩に小さな傷を負わせた程度であった。
「………ちぃ」
舌打ちをしてそのまま追撃をかけようと追いかけた。
…………その瞬間、何故か傷をつけた男が肩を抑えてもがき苦しみ始めた。
「が、ぁ………い、痛ぇ………な、なんだこれ!?」
…………おいおい、大袈裟じゃないか?
肩を少し切った程度でこの痛がり方、大の大人とは思えない程軟弱だ。
なんか、拍子抜けだな。
もしかしたらこいつらって思った以上に弱いんじゃないかと思い始めた次の瞬間、その考えは一瞬にして覆る。
「お、おい、お前、その肩!?」
「え……ぁ、あああぁぁぁ!?」
「……!?」
突如として男の肩が黒く変色している。
腕は力無くだらんと垂れ下がり、急激に血色が悪くなっていく。
「た、助けてくれ、な、なんでこんなことに!?」
「っ……こっちに来い、くそっ、あいついつ塗りやがった……多分毒だ、解毒薬を持ってる……ドラン、俺たちを守ってくれ!」
「あ、兄貴! ま、守ってくれって言ったってあんなバケモンに勝てるわけ…………」
「…………うるせぇ!」
あいつら、こんな状況で仲間割れしてやがる。
それにしても毒か、そんなもの塗った記憶は無いんだが……。
そう思って俺はおもむろに自分が持っている剣を眺めた。
…………なんだこれ?
俺はさっき男を切った時に少し付いた少量の鮮血とは違い、青黒くドロっとした液体が付いている事に気がついた。
その液体は地面にポタリと落ちる度にシューという音を立て地面を少しだけ溶かしていた。
明らかな毒に見える。が、こんな液体俺がさっき刺された時点では付いていなかった。
一体いつ…………。
「…………あ」
少し考えて自分のお腹を見て見た時、俺は完璧に理解した。
さっきあの兄貴と言われている男に刺された時の傷、そこから青黒い液体が流れ出していたのだ。
つまり、この剣に付いている毒というのは俺の血という訳だ。
ゾンビの血となると人間には毒なのかもしれないな。
俺が自分の事を刺した剣を使う事によって意図せず対人間用の非常に強力な武器が出来上がってしまったのであった。
色々思うところはあるが、今の状況からすれば好都合だ。
俺は残り一人のドランと呼ばれた男に剣の切っ先を向ける。
「ひ、ひぃっ!?」
「…………大人しくしてたら、苦しまないようにしてあげる」
「くっ、た、頼む! 見逃してくれ!」
「……ムリ」
見逃してしまえばこいつらの他の仲間とかから報復を受けてしまうかもしれない。
こいつら程度なら何とか倒すことが出来るが、これ以上の人数となってしまうと流石にきつい。
それに、もしかしたら情報が伝わったりしてもっと強い奴が来てしまうかもしれない。
そうならない為にもここでその芽はきっちりと摘んでおく必要がある。
俺は恐怖で腰が引けてしまっている男へと瞬時に剣を突き立てる。
何とかナイフを目の前に出し防ごうとするも、最初の威勢はどこへ行ったのか、腕に力も入っておらず、簡単にそのナイフを退けることが出来た。
鈍い音を立ててナイフが落ちる。
「が、あ……!」
男の胸元に剣が突き刺さり、そのまま彼は膝をつく。
その瞬間、またもや剣に付着していた青黒い液体が彼の体内に流れ込んだのか、急激に顔色が悪くなり、泡を吹きながら崩れ落ちた。
……毒の効果は相当なものだ。まさか、こんなにも一瞬で死に至らせるとは。
「う、うそだろ……ドランが……」
背後から聞こえてくる震えた声。 振り返れば、先程“兄貴”と呼ばれていた男が、必死に腹部の止血をしながら、俺を睨みつけていた。




