46話 過去15
「ぁ……ぇ?」
僕は初め理解ができなかった。
地面には先程まで見えていたママの姿は無い。
松明の炎が先程の衝撃で消え、僕の視界を照らすのは僕自身が放つ紅い炎のみとなる。
「マ…マ、どこ行ったの?」
ママがにこりと笑って僕の頭を撫でてくれる、そんな情景が痛みとともに絶え間なくフラッシュバックする。
それと同時に、ロイがママの首を切る情景も横切っていく。
これはきっとタチの悪い悪夢なんだという気持ちも、行き場のない怒りが生み出した業火によってかき消されて、これが現実なんだと受け入れるしかなくなる。
だけどひとつ、もしかしたらママが生きてるんじゃないかという希望も無いわけでは無かった。
だって、さっきまでいたママがいまはどこにもいないんだ、生きているかは分からないけど、死んでいるなんて事も分からない!
だからこそ、僕は呟き続ける。
「ママ、ママ、どこなの?」
家具などは燃え尽き、先程までよりも音が響きやすくなった部屋に僕の声が反響する。
返事は無い。
それでも僕は探し続ける。
無意識のうちにママを見つけることは目的じゃなくなっていた。
目的は、ママがもうここには居ないという事を確認することだった。
僕は無意識のうちにある場所を探すのを避けていた。
ママが倒れていたその場所、そこには何も無い、ように見えた。
だが、ちょっとした違和感が僕の中に残り、その場所を探すのを止めていた。
しかし、部屋の中を探し続けた今、もう探す場所はそこ以外に残っていなかった。
僕は、その違和感を自分の中で飲み込みながら、床を這うように、手の灯りを頼りに必死に周囲を探す。
その揺らめく灯りが照らすのは、炭化した家具と、焼け焦げた床、そして赤黒く染まった痕跡……。
…………そこに"何か"があった。
「……え?」
僕の動きが止まる。
焼け焦げた床の上に、異質なものが混じっていた。
それが何なのか、理解するのに時間がかかった。
次の瞬間、全身を血の気が引くような寒気が襲う。
僕の手は小刻みに震えながらも、ゆっくりとそれに伸びる。
指先が触れた瞬間"それ"は崩れた。
さらさらと、灰が舞い落ちる。
「……ぁ、……ああ、ああぁぁぁ……っ!!!」
息が詰まり、喉が引き裂かれるような悲鳴が漏れる。
……違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!!
これは違う! そんなはずない! だって、さっきまでママはそこにいたんだ! たしかにいたんだ!
「いや……いや、嘘だ……こんなの、こんなの……!!」
両手を灰の中に突っ込み、掻き分ける。
けれど、そこにあるのは崩れ落ちる黒い塊ばかりで、温もりなんてどこにもない。
元の形も何も分からない。
僕は…………僕の炎で……ママを……。
視界が揺れる。
体の奥底から込み上げてくる吐き気に、胃の中のものが逆流しそうになる。
「なんで……なんでこんなことに……っ!!!」
力が抜け、膝から崩れ落ちる。
僕の手が、ママを焼いたんだ。
僕が…………。
あまりにも鮮烈な現実が、意識を灼き尽くす。
立ち上がる気力も、力も、失われていく。
「そうだ、レイン、レインはど…こ…………ぁ、あぁ……」
レインもだ、レインももう……。
あの時の情景が頭いっぱいに広がる。
レインも、あんな姿になってしまって、もう…………。
「…………いや、違う」
フラッシュバックしたあの時の情景、そこに僕の求めているものがあった。
そうだ、あの時レインは動いた。
つまりは…………生きている。
そうだ、生きている、生きているんだ!
僕は灰から手を離す。
そう、まだ僕にも助けられるものがあるんだ!
そう思うとなんだか力が湧いてくるような気がした。
手の炎は怒りという燃料が無くなってきたからかどんどんと勢いを落としていく。
これならレインの事を持ったりしても大丈夫そうだ。
震える足にムチを打って歩く。
レインが居た部屋がどこなのかは覚えている、だが、そこまでの道のりが酷く遠く感じる。
「待ってて…ね、レイン、今……お姉ちゃんが……助けるからっ!」
レインの部屋まで辿り着くと、そこにはさっきと変わらない様子のツボが置いてあった。
僕はさっき開けた蓋でもう一度蓋をし、抱きしめるように持ち上げると、ずしりとした重みが腕にのしかかる。
レインがこの中にいる。間違いない。
「……大丈夫、絶対、助けるから……」
震える声でそう呟くと、自分に言い聞かせるようにもう一度強く抱きしめた。
僕は、ママを……助けられなかった。
でも、レインはまだ間に合う。
屋敷の外へ出なければ。
まだ残る熱気の中、崩れかけた廊下を慎重に歩く。
屋敷の出口はすぐそこだ。
……けれど、僕の足は、一度だけ止まる。
振り返れば、そこには灰と化した"ママ"のいた場所。
何も言わなかったら、僕はまだママが生きていると信じていたかもしれない。
けれど、その希望はもうない。
「……ごめんね、ママ……」
心の奥底が痛む。
涙は枯れたのか、それともまだ現実を完全に受け入れられていないのか、出てこなかった。
僕は、踵を返して屋敷の外へと踏み出した。




