43話 過去12
ママだ。
身の毛のよだつような感覚が駆け巡る。
ママと会った時に考えた、初めての感覚。
そこに居たママは僕の知っているママではなかった。
ママの笑顔、ママの困った顔、ママの怒った顔、その全てとは全く違うその表情に、僕は自らの顔を歪める。
そこにはロイも居たけれど、2人が何をしているのかは分からなかった。
だけど、その表情からそれが悪い事だと言うことはわかっていた。
僕は、どうしたらいいのか分からず、ただ息を殺して少し離れたところでその様子を聞いていた。
話の内容はよく分からなかった。
いや、分かりたくなかったのかもしれない。
ロイはママの事を罵っていた、それだけは覚えている。
僕の全身がゾワゾワとするような感覚に陥った。
全身に何か禍々しいものが流れ出し、それが巡っていくような感覚だ。
ドクドクと流れ出して、熱くなる。
…………そうだ、レイン。
この地下室にはレインも居るはずだ。
ロイの目の前でママを助けることは出来ない、だけど、レインなら助け出せるかもしれない。
それからロイが居なくなってからママを助けて、そして逃げればいい。
そうだ、そうすればいい。
「…………レイン、どこにいるの?」
そう、誰にも聞こえないほどに小さい声で呟く。
聞こえてはいけないというのもあったが、何故かそれ以上声が出ないのもあった。
僕は近くの扉から順に開けていった。
大体の部屋には鍵がかかっておらず、簡単に開くことが出来た。
夜目がきいているのか、周りの様子が暗いのにも関わらず鮮明に見える。
部屋の中はこの前僕が捕まった時に連れてこられた部屋のような部屋が沢山あるようで、その中には何も置かれておらず、そこが人の住んでいる場所とは到底思えなかった。
…………もしかして、レインはここら辺の部屋には居ないのかもしれない。
病気なのだったらこんな部屋には住むことは無いだろうし、そんなことをしていたら治るものも治らないだろう。
だけど、ママが居た部屋と他の部屋へ入る扉に特に違いなどは無かった。
そうなると、僕にレインが居る部屋を探し出す術は無い。
仕方ない、しらみ潰しにいくしかないみたいだ。
僕はロイに気配を悟られないよう、静かにレインを探して扉を開け続けた。
地下室には多くの部屋があり、僕はレインを見つけ出すことが出来ずにいた。
そんな事をしているうちに、僕はひとつの考えにたどりつく。
それは、まずそもそもロイが嘘をついていたということだ。
僕はロイの言っていたママとレインが地下室にいるという話を信じてここまで探してきたわけだけど、そもそもその話自体が嘘かもしれないということだ。
そうなってしまうと話が変わってしまう。
僕もレインが地下室にいた事をこの目で見た訳では無いし、レインがここに居たという確証は無い。
ロイはママにあんなことをする様な人だ、ママは言うことを聞けば上手くいくと言っていたけれど、僕はもう信用出来ない。
だけど、そうなってしまったら…………非常にまずい。
僕は…………誰も助けられない。
半ばヤケになってそこらじゅうの扉を開けまくる。
たまに中に何かの道具などが置いてあることはあるけれど、そこにレインの姿は無い。
「本当に……何処にいるの?」
焦りながらそうつぶやく。
いつロイがあの部屋から出てくるのかも分からない、それが僕の心をさらに焦らせた。
そして、もう違うところにいるのだろうと諦めかけたその時、1つの部屋に辿り着いた。
その部屋はなんというか、他の部屋とは違った。
とても重々しい雰囲気を纏っていたのもあるが、1番はその匂いだ。
ツンと鼻につく鉄臭い匂いは近づいてきた者の鼻に突き抜けていくようだった。
ごくりと唾を飲み込む。
ここにレインは居るかもしれない、そう思って扉を慎重に開ける。
「…………なぁんだ、いないじゃん」
僕は落胆とも安心ともとれるような複雑な表情を浮かべた。
部屋の中には壺がひとつ、中心あたりに置かれていた。
少なくともレインが入るには小さすぎる壺だ、この中にレインが入っているわけが無い。
そう思っていた。
そう、思いたかった。
それでも僕はそれから目が離せなかった。
そして、僕は。
僕は…………。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
俺は思わずリリンの口を塞いだ。
「わ、な、何するの!?」
「ごめん、これ以上は、だめ」
壺、鉄臭い匂い、重々しい雰囲気、これだけで俺はここから何が起こるか察してしまった。
これ以上はリリンの口で言わせてはならない。
これ以上は、リリンの負担になる。
俺は苦虫を噛み潰したような表情で口を開いた。
「ごめん、ここまで話させて何だけど…………本当に辛かったら話さなくていいから、エリクサーの材料も私一人で何とかするから、だから…………」
今の俺にしてはやけに饒舌になりながら思い思いの事を語った。
だが、リリンは首を振って逆に僕の口を塞いできた。
「ふふ、ありがと、けど大丈夫だよ、話す事によって楽になる事もあるからさ」
そういうリリンは、あの時起こったことをしっかりと理解しているようだった。




