42話 過去11
それから、僕はママの言っていたことを守った。
具体的にいえばロイの言うことを聞くようにした。
普通にしていればロイは良い人ではあったし、僕は普通の子供と同じような生活を送った。いや、普通の子供よりも良い生活だったかもしれない。
初めのうちは戸惑っていたけれど、そんな生活が続けば自ずと順応していくというものだ。
「ロイ、今日はこの薬の作り方を教えて欲しい!」
「おう、ちょっと待ってくれ、この仕事が終わったら教えてあげるから、部屋で待っていてくれ」
「うん、分かった」
僕はロイの言うことを聞いて部屋で今日ロイに教えて貰う予定の薬の本を読む。
ロイは定期的に僕に色んな勉強を教えてくれた。
これからの為にもなるし、何より僕と仲良くなりたいかららしい。
本当に変な人族だ。
…………それに、友達もできた。
あの時僕の事を黙らせに来たメイドだ。
名前はアンというらしい。
ここのメイドの中では1番若いらしくて、歳は僕の10歳上程度らしい。
それでも僕にしてみれば充分お姉さんに見えた。
高い位置で束ねた綺麗な黒髪は僕のあこがれになった。
僕はそこまで髪が長くないからそういう事は出来ないけれど、いずれ伸ばしたりしたらあんな髪型もしてみたい。
そのことを言うとアンは嬉しそうにしてくれていた。
アンはロイよりも同性なだけあってか親しみやすかった。
最初はその視線が気持ち悪くて仲良くなんか慣れっこないと思っていたけど、それは時間が解決してくれた。
少し話しているうちに相手の事も知れて、その視線も同情するような物じゃなくて友達に接するような物になったからというのもあるかもしれない。
この屋敷ではロイと話すかアンと話すか1人で部屋にあるもので遊ぶくらいしかやることが無かったのもあってか、この2人とはすぐに打ち解けられた。
そんな日々が続くうちに僕はどんどんと罪悪感を抱くようになった。
ママの言う通りロイの言うことを聞いて地下の事は、ママとレインに会いたいという事はあまり言わないようにしていた。
だけど、あの時見たママの部屋は明らかに僕の部屋よりもみすぼらしい部屋だった。
それに対して僕が今いい生活を送っているのが堪らなく辛かった。
だけど、それもママとレインの病気が治るまでの辛抱だと思って耐えた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その日はなんでかいつもよりも寝付きが悪かった。
いつもは寝てから目が覚めたりすることは無いのに、その日は深夜に目が覚めたのだ。
「……ん、トイレ」
ちょうど少しトイレに行きたくもなってきたので、ついでに用を足しに行く事にした。
廊下を歩いて一階にあるトイレへと向かった。
…………その時だった。
「…………何だろ、この声」
僕はどこかから人の叫び声のような声が聞こえる事に気がついた。
2階にいれば気付くことも無さそうな程に小さな音だ。
だけど、何故かその声は僕の耳に残った。
トイレに行く前にその声を確認しよう、僕はそう思った。
音を頼りにその元となる場所へと向かっていった。
「…………え」
そこは、地下室の扉だった。
なんで、ここにはママとレインが居るはず、だからこの声はもしかして…………。
嫌な想像が頭をよぎる。
そんなことは無いと思ってもどんどんとその考えが頭を支配していく。
僕は扉の先に進もうとして、留まった。
ここは、ロイに絶対入っちゃダメって言われてる、ロイの言うことは聞かなきゃいけないから、だから…………。
いや、違う。
僕がロイの言っていることを聞いているのはママがそうすれば全てが上手くいくと言っていたからだ。
ママとレインの病気も治って、また3人で幸せな生活をおくれる、そう思ったから聞いていたんだ。
だけど、この叫び声。
小さくて誰の声かは分からないけれど、もしかしたらママかレインの声かもしれない。
そうしたら、ママとレインが苦しんでいるということだ。
それの何が上手くいってるだ、ふざけるな。
「…………今、助けるから」
僕は扉の先へと進んだ。
進むと直ぐに現れた地下へと続く階段を1歩、1歩と慎重に音を立てないように降りていく。
周りは照明などはなく、1階の廊下などを経てかなり弱まった月光のみがその輪郭を映し出す。
今にも踏み外してしまいそうな階段を降りていく度に、叫び声は聞こえやすくなっていく。
…………この声は、ママだ。
女性特有の高い叫び声は僕の頭をガンガンと打ち付けるようだった。
僕は急いで先へと進んだ。
すぐにでもママを助けなければいけない、そう思って。
しばらくして、叫び声がもうかなり近づいてきた頃、僕は光の漏れ出す扉がある事に気がついた。
地下室の奥の方にある部屋だ。
オレンジ色の光が漏れ出す扉は、この前来たママの部屋の1つ隣にある部屋だった。
僕は、震える手を抑えながら、扉をほんの少しだけ開けた。




