41話 過去10
地下室に入ると、ロイが松明に火をつけた。
いわゆる魔法と言う奴だ。
火種を起こす程度の魔法ならある程度誰でも学んだりすれば使えるが、それでも発動速度には早い遅いがある。
ロイは非常に自然につけていたため、かなりの魔法の練度がある事が伺える。
松明の火によって辺りが照らされると、そこがこの前、僕が連れてこられた場所と同じ様な場所だということが分かる。
僕は少し身震いした。
「……すまんな、君にとってはあまりいい思いのする場所じゃないと思うが、我慢してくれ、君のママをここから出す訳にはいかないんだ」
「分かってる、僕は大丈夫だから早く行こう」
「…………分かった」
僕のことを心配してくれたのかもしれないけど、そんなのは余計なお世話だ。
そんなことで時間を使うのすらもったいない。
ロイはそんな僕の様子を察してかそれ以上は何も言わず、一直線に地下室を進んでいった。
地下室は意外にも広く、その大きさは地上の部屋よりも大きいのではないかと思うほどだった。
地下室を進んでゆき、ロイはある一つの扉の前で立ち止まった。
そして、そこの扉についている鍵をかちゃりと解き、扉を開けた。
ドキドキと早くなっていく心臓の音を感じつつ僕は扉の中へと入った。
「…………リリン?」
「ママッ!」
中は僕がこの前連れてこられたくらいの部屋の中にある程度の生活に必要な設備が備わった質素な部屋だった。
そして、その中のだいたい真ん中位に位置する木の椅子にママは座っていた。
僕は勢いよくママへと抱きつこうとするが、その行動をロイによって止められる。
「邪魔しないで!」
「まぁまて、君のママと会わせられる状況になったとはいえまだ病気なんだ、触れたら苦しいだろうし、それに君に移ってもいけない。ほら、そこに椅子があるだろ? そこに座るんだ」
ロイはそう言うが、僕はそんなこと一切無視してママの元へ駆け寄ろうとした。
そうすると、一瞬ママが苦しそうな顔をした。
「リリン、大人しく言うことを聞いて」
「…………え?」
僕は硬直した。
何故ママがそんな事を言うのか分からない、というのもあったが、何よりママのその声音だ。
酷く暗くて、今まで聞いたこともないようなその声音に僕はびっくりしてしまったのだ。
ロイの言うことはそこまで信じていなかったけど、こんな様子を見てしまえば否が応でも分かってしまう。
ママは何かの病気なんだと。
よく見たら顔色も悪いし、少し痩せているようにも見えた。
「ねぇ、ママ、本当に大丈夫なの?」
「…………えぇ、今はまだあまり良くないけど、しばらくしたらある程度良くなりそうよ」
「よ、良かった…………」
ママの言葉に嘘はない、そう思っていたからこそ、ロイの言葉とは違い僕はその言葉を信じることが出来た。
「そ、それじゃあ早く出ていこうよ! またあの家に戻ってさ……僕、この家でお薬についていっぱい勉強したから、ママのお手伝いもできると思うし……だから」
「…………リリン」
僕の言葉がママによって遮られる。
その顔は悲痛に満ちていた。
「これからはしっかりロイの言うことを聞いて、ちゃんとこの家で暮らしなさい。私とレインの事は良いから、楽しく暮らして欲しいの」
「何……それ?」
僕はこんなにもこんなにも2人と一緒に暮らす生活を望んでいるのに、ママは僕をこの家に住まわせたいのだろうか?
…………いや、ママは僕が前の家に居る時よりもいい生活が出来るからここに住んで欲しいと思っているんだ。
そうじゃなかったら、僕は、僕は…………。
「大丈夫、ママとレインがしっかりと治ったら私達もリリンと一緒にまた暮らせるから…………だから、ちゃんと言うことを聞いていい子にしてるのよ、そうすれば……全部上手くいくはずだから」
ママはそう言ってニコリと笑みを見せた。
…………こんな笑み見た事ない。
これはいつものママの笑顔じゃない。
僕はそんな顔を見て初めてママが怖いと思ってしまった。
「さて、これ以上居たら移ってしまうかもしれない、もうそろそろ帰ろうか」
「…………」
僕はその言葉を無視してママを見つめた。
とてもとても不安そうな顔だ、それでも僕の事を不安がらせないように無理して笑顔を作っている、そんな顔だ。
…………ママにこれ以上こんな顔はさせたくない。
僕がここにいる限りママはゆっくりと休めないんだ。
今まで何年間も僕達はママに休みの時間をあげることが出来なかった。
…………もしかしたら、ママはここで休んでいた方が幸せなのかもしれない。
それだったら、僕はここにいるべきでは無い。
「…………分かった、ロイ、帰ろ」
僕は踵を返してロイの方へ向かった。
そして、扉から出ようとするその瞬間、くるりと振り返ってママの顔をもう一度見た。
…………先程よりは少し安心したような顔をしている。
僕は悲しみに包まれながらも、別れの言葉を口にして、その場から去った。




