38話 過去7
僕の目の前には、僕が見た事も食べた事も無いような豪華な食事が並んでいる。
ここに連れてこられるまでに口に付いていた拘束具は外されている。
「さぁ、お腹が減っただろう、好きに食べてくれ」
男はにこやかな表情を浮かべ、僕が座らされた席の丁度目の前に座る。
「…………食べないのかい?」
不思議そうな顔を浮かべてこちらの様子を伺ってきた。
この男は僕の生殺与奪の権を握っているため、こんな食べ物で僕に危害を加えたりとかはしないだろう。
僕の事を殺したり痛めつけたりしたいのだったらここに運んでこないで下でやればいい話だからだ。
現にお腹は減っている。
連れてこられてからどれくらいの時間が経ったのかは分からないけど、かなりの時間が経っていることは間違いない。
丸一日ぐらい食事を抜くぐらいできないことでは無いが、これだけ美味しそうな食事を前にして我慢するというのは子供の僕には少々厳しかった。
「…………」
僕はスプーンを取って目の前のスープのようなものをすくい上げ飲んだ。
美味しい。
この世にこんなに美味しいものがあったのかと言うくらい美味しい。
気がつけば僕は夢中になってテーブルにのっているご馳走を食べていた。
「はは、良かった、やっと食べてくれたね」
男は嬉しそうに笑う。
「俺の事は知ってるかな?」
「…………ロイ・エレテイク、この都市の領主」
「うん、よく知ってるね、君くらいの年齢なら知らなくてもおかしくないんだけど…………」
男……ロイは少し驚いた様な表情をした。
僕は同年代の子と比べたら結構勉強をしている方だし、そのくらいは知っている。
顔も本などに載っている挿絵などで見ていたのですぐわかった。
特徴的な短髪と、その巨大な体躯を見れば絵を見なくとももしかしたら分かるかもしれないほど分かりやすいし、子供だとしても分かる子は多そうだ。
「…………それだったらさ、少しは警戒を解いてもいいんじゃないかな? ほら、俺は領主なんだし、信頼に足るとは思わないかい?」
「…………ママとレインはどこに行ったの」
「…………無視か、君のママとレインくんはこの家の地下室に居るよ」
「っ!?」
僕はその言葉を聞いてすぐさまスプーンを手放し、駆け出した。
ママとレインが居るならすぐにでも2人を救出して逃げなくては。
そう思いすぐに行動に起こそうとするが、それはやはりロイに止められる。
「まぁまぁ、話を聞いてくれ、君をあの二人に会わせることはまだ出来ないんだ」
「っ!? なんで! 離してよ!」
僕は叫んだ。
さっきのお爺さん達だと力一杯抜け出そうとすると少しは抵抗出来たが、ロイには一切の抵抗ができない。
流石領主と言った所だろう。
それでも、僕は諦める訳にはいかなかった。
「また無視…………ま、聞いてはいると思うから話すけど、君のママとレインくんは……病気なんだ」
「…………え?」
病気、そんなわけが無い。
ここに連れてこられる前も2人は元気で…………。
そこで思い出した。
ここに連れてこられるしばらく前からママの元気がなくなって、笑顔が消えた事を。
てっきり赤ちゃんが死んじゃったから元気をなくしたと思っていたが、もしかしたら病気だったのかもしれない。
レインはそんな様子も一切無かったけれど、もしかしたら最近になって罹ったのかもしれない。
そう思ったら腑に落ちる……のかな?
怪しさは拭いきれない。
まずいってしまえばロイは人族の親玉な訳だし、僕達を迫害してきたヤツらを束ねていたからには簡単に信用することなんかできっこない。
「じゃあ、会わせてよ、病気なら尚更無事か確認したい」
「それが…………この病気は伝染病なんだ、君が近付けば君まで感染してしまうかもしれない」
「…………おかしいよ、だってこれまでずっと一緒に暮らしてきたんだもん、それだったら僕も感染してるはず」
「…………とにかく、今はまだ会わせることが出来ない。もう少ししたら会わせてあげるから、今は大人しくしててくれ」
「…………」
やっぱり怪しすぎる。
今の話が本当だとしても、それがここに連れてくる理由にはならないはずだ。
隔離するにしてももっといい場所はあるはずだし、何よりそんな僕達と領主ともあろう人間が会うなんてこともおかしい。
だけど、僕が今正面から突破して会いに行くことは不可能だ。
現に今も押さえつけられてしまって身動きが取れなくなっている。
何とかして隙を伺って地下室へ向かうしか無さそうだ。
「…………うん、いい子だ。くれぐれも暴れたりはしないでくれ、危ないから」
そう言ってロイは僕の頭をその大きな手で撫でた。
あまり、いい気分では無い。
頭を撫でられるのはママとレインだけで十分だ。
ましてや人族に撫でられるなんて嫌で嫌でしょうがなかった。
それから僕はロイの雇っているであろうメイドにある部屋へと連れていかれた。
そこはとても綺麗な子供部屋であった。
本やおもちゃなどがいっぱい置いてある、とても楽しそうな場所だ。
僕は、少し混乱した。




