37話 過去6
目が覚めると、そこはとても暗い空間だった。
周りから一切の気配は消え去り、僕が吐く息の音だけが聞こえてくる。
"ここはどこ" と言おうとするも、連れてこられた時同様に口の中に何かが詰められているようで上手く発音できない。
そうだ、ママとレインは何処にいるのだろうか。
もしかしたら別々のところに連れていかれのかもしれないけれど、さっきの話を聞いている以上はみんな同じところに売られるようだった。
…………もしかしたら起きていないだけれでまだ近くに居るかも?
僕は腕を動かし、辺りに何か無いかどうか確かめる。
周りには何も無かった。
手は壁にぶつかったような感触だったので、おそらく部屋のような場所に閉じ込められているみたいだ。
酷い虚脱感だ。
腕は何とか動くのだけれど、いつものようには動かない。
僕はある事を思い出し、首元を探る。
やっぱり、首輪だ。
連れてこられる前に男の人によって取り付けられたこれは、ママが封魔の首輪だと言っていたものだ。
魔族や半魔にとっては拷問道具のようなものとも言っていたから、この虚脱感はこれから来るものだろう。
何とか外そうと試みるも、それは全て失敗に終わる。
暗闇の中、声が出ないままに僕は泣いた。
この一瞬で、全てを失ったのだ。
ママは、レインは無事なのだろうか、僕の頭に残るはその言葉のみだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
数時間が経ち、涙も少し枯れ始めた時、どこからかカチャカチャという音が鳴り始めた。
朦朧としてきていた意識がその音で一気に覚醒する。
その音から反対の方へ逃げようとするも、狭い部屋なのかすぐ壁にぶつかってしまう。
淡い火の光が射し込んでくる。
それと同時にこの部屋が何なのかが分かる。
…………この部屋には、何も無い。
家具や装飾などは一切ない薄汚れた小さな部屋だった。
「…………やぁ、こんにちは」
この部屋に入ってきたのは、松明のようなものを持った男だった。
男の顔には威厳のある白い髭がたくわえられ、それが松明の温かみのある光を浴びてオレンジ色になっていた。
…………僕はこの人を知っている。
「はぁ、済まなかったね、君を救うにはこうするしかなかったんだ、今首輪を外すよ」
男は僕の方へ寄ってくる。
拘束を外すと言ってはいたが、それでも警戒をとくことは出来なかった。
しかし、この不快感はその警戒を無視して男から逃げるのを防いでくる。
僕は黙って睨みながら首を差し出す。
「…………いい子だ」
男はニヤリと笑って首輪に鍵を刺す。
「っ!」
少し痛んだのち、首輪が首から外れる。
虚脱感は完全には抜けきらないが、それでも少しずつ体の感覚が戻ってきているのを確かに感じた。
口に付けられている拘束具を外そうとする手を掻い潜り、男の横を通り過ぎて逃げようとする。
「おっと、待ってくれよ」
流石に子供の、しかも本調子では無いスピードである僕ではこの男からは逃げられないようだ。
男はその太い腕で僕のことを抱き上げた。
じたばたするも、ビクともしない。
それもそのはずだ。
この男はこの都市を治める領主なのだから。
領主というものは大まかに分けて3種類いる。
1種類目は王様から直接任された人、2種類目は親を継いだ人、3種類目は武勲をたてたひとだ。
なり方はそれぞれだとしても、1つの共通点がある。
それは、全員が相当の実力者ということだ。
1種類目は王様直々に選ばれる訳だが、その際に武力の弱い人に任せてしまえば何かあった時にコロッと殺されてしまう。
そのためある程度の実力を持った者を選ぶ。
2種類目は親から継ぐということはある程度親からそういったものの教育をされているということだ。
体の弱い子供を跡継ぎにするバカはそうそういないため、ある程度強いのは確実だ。
3種類目は明らかだ。
武勲を立てている時点でその武力の証明だろう。
こういったこともあり、領主という存在はその時点で強いのだ。
この男は名前は確か……思い出せないけど、とにかくこの都市を統べる領主だ。
さっき言った分類でいえば3種類目に当たる。
そこまで詳しくは無いけど、英雄だかなんかだったはずだ。
だが、そんな人物が何故僕らのことを買ったのか。
英雄と言うと人格も素晴らしいとか何とか言う噂も聞いた事があるし、そんな悪いことをしたりするようには思えない。
どれだけ抵抗してもその腕からは抜け出せないことを確信し、僕は力を抜く。
虚脱感はまだ抜けきっていないからこれだけ動くのもかなりの労力なのだ、無駄に体力を使っては本当に逃げ出せる時に逃げ出せないかもしれないし、今はこの男に従おう。
「…………はは、やっと落ち着いてくれたか、大丈夫、俺は君に危害を加えるつもりは無いから……安心してくれ」
…………信じられない。
だが、さっきのお爺さん達に捕まった時のような捕まえ方ではなく、できる限りこちらを傷つけないような捕まえ方をこの男はしている。
さっきは僕達のことを救うとも言っていたし、案外悪い人じゃないのかもしれない。
「じゃあ、まぁ…………とりあえずご飯を食べに行こうか」
男は僕を抱えたまま歩いていった。




