34話 過去3
最近、家のドアがノックされることが多くなった。
誰かがうちに訪ねてきているようだ。
ママはいつも誰かが家に来たら奥で大人しくしていてというため、面と向かって見ることは出来ないが、いつもこっそりと奥の部屋から様子を伺っていた。
毎回僕達の家に訪ねてきているのは優しそうな白髪のお爺さんだった。
一見とても優しそうに見えるのだけど、何故か僕には少し怖く見えた。
近頃、僕が大きくなってきたからか人族からの嫌がらせも少しキツイものが増えてきた。
だから、このお爺さんも人族だからという事で怖く見えてしまうのだろう。
もう、僕はママ以外の人族に対して優しい気持ちを持つのは難しかった。
お爺さんはママと少しお話をして、にこやかに笑ってすぐにその場を後にしていた。
この距離だとある程度大きな声で喋っていなければ何の話をしているのかさっぱり分からない。
だけど、何回も何回も来ているのにも関わらず、ママが怒って追い払ったりしていない以上、そこまで悪い話をしている訳では無いのだと思う。
特に、僕達に対しての悪い話をママが普通に聞くわけが無いのだから、僕はそこまで警戒していなかった。
ママはお爺さんが帰ったあと、毎回僕達二人のもとへ来て、僕達のことを優しく抱きしめてくれた。
最近ママはずっと辛そうにしていて、そういう事をしてくれる機会もかなり減ったから、どんな話をしていたとしても、もう何でも良かった。
そんな日が続いたある日、突然、お爺さんが1人だけではなく、数人の若い男の人を連れてきた。
お母さんはその人達にぺこりとお辞儀をして、家へと招き入れた。
この家にお母さんが人族を入れた事は初めての出来事だった。
こっそりとその様子を覗いていた僕は急いで元々僕がいるはずの奥の部屋へと逃げ込んだ。
何があったのか分からないけど、とりあえず人族は怖い。
それもあって僕は勢いよく逃げた。
奥の部屋へと入り込み、横でお絵描きをしているレインの横で何食わない顔で本を広げた。
やや経ってお母さんガチャリと扉を開けて入ってきた。
「リリン、レイン、大事な話があるの」
「なにー?」
大事な話、おそらくさっき来た人族の人達の話だろう。何が起こっているのか分からないけど、少なくともこれだけはわかった。
ママの表情が暗い。
絶対に何かあったんだ、それも、かなり大きなことが。
僕は一人これから起こることに対して怯えていた。
「えっとね、二人とも、ここに居たら人族から嫌がらせとかいっぱい受けちゃうでしょ?」
「うん! この前も殴られた!」
レインが元気いっぱいそういった。
僕がそんなことされたら思い出すだけでも泣いてしまうのに、この子はとても強い子だ。
僕が人族を怖がっているのに対して、この子は人族にも良い人はいるって言って絶対に悪く言ったりしない。
本当にすごい子だと思う。
そう思っているのはママも同じようで、にっこりと笑ってレインの頭を撫でてあげていた。
少しの時間撫で続け、羨ましそうに見ていたら、ママは僕の頭も撫でてくれた。
いつもは少しの時間だけなのに、今日はちょっと長めに撫でてくれていた。
名残惜しそうにその手を離すと、ママはゆっくりと話し始めた。
「二人とも…………ごめんね、これ以上ママは二人を安全に育てられる自信が無いんだ…………」
「え、そんなことないよ! ママは充分僕達のこと守ってくれてるよ!」
「ふふ、ありがとう、けど、このままだったらずっと不自由な暮らしをさせちゃうから……だから」
ママは酷く寂しげな笑顔でこう言った。
「二人を、魔族の人の所へ預けようと思うの」
「…………え?」
目の前が真っ暗になったかのようだった。
レインはあまりよくわかってないのか、キョトンとしていたけど、僕にははっきりと、それがどういう意味を持っているのかわかった。
「嫌だ! 僕はママと一緒に居たい!」
「……? レインもー!」
瞳に涙を貯めながらそう叫んだ。
ママと離れるなんて嫌だ。
不自由な暮らしをしようが、どんなことをされようがこの三人で暮らしていくのが1番なんだ、1番幸せなんだ。
「…………二人とも、わがまま言わないで、二人のためなの、お願い」
ママはそう言うけれど、僕は1歩も引かなかった。
第一、お母さんは魔族のせいでこんなに辛い思いをしたんだ、そんな人達の所へ行きたくもない。
確かに魔族は人族ほど半魔への差別が酷くないから、半魔が暮らすには悪くない場所だ。
だけど、ママが居ない時点でダメだ。
「…………二人とも、ごめんね」
ママは僕たちに背を向けて扉の外へ行った。
「ごめんなさい、やっぱりだめでした……お願いします」
「ふぉっふぉっふぉ、やはりですか、まぁ、お二人共あなたの事が大好きでしたから、仕方ありませんよ、こちらも用意してきていますから、ご心配なく」
お爺さんは警戒に笑いながら背後に控えていた男の人達に声をかけた。
「さぁ、連れていけ」
「はい」
お爺さんがそう言うと、男の人達は僕たちの方へ向けて近づいてきた。




