32話 過去
「リリン、過去に何があったとしても、今は私が居るから、大丈夫」
「……うん、ありがとう」
それでもリリンの声は暗いままだ。
……やはり、俺ではリリンの中で俺が居るだけで安心出来るという存在にはなれていないのだろうか。
いや、待て、俺は寝たいんじゃなかったのか?
働かずに、ダラダラと惰眠を貪りたかったはずだ。
だが、今はなんというか……考えがリリンによって来ている。
まぁ、それもいいかもしれないな。
「リリン、別に話したくなかったら無理しないでいいから。多分、別の方法もあると思うから」
「いや……大丈夫、もう、覚悟出来たから」
「…………分かった」
リリンがそういうのなら一向に構わないが、本当に大丈夫なのだろうか?
「とりあえず、場所を移そう」
今はリリンが修行した後に話しているため、必然的に薬草畑のところにいるのだ。
ここで話すのは少しリラックスが出来ないんじゃないかと思ったのだ。
「パンと木の実が余ってるから、それを食べながら話そ?」
「うん、ありがとう」
リリンの顔が少し和らいだような気がする。
俺は残っていたパンと木の実をテーブルに用意してリリンの隣に座った。
「じゃあ、話すね」
リリンは一呼吸おいて話し始めた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
僕は人族の街で生まれた。
ママは人族だった。
ママが魔族の所へ行った時に魔族に襲われ出来た子だったらしい。
魔族というのは人族から嫌われているから、半魔の僕はもちろん嫌なことを沢山されてきた。
「おい! 魔族の子だぞ!」
家の周りを歩いていると、近くに住んでいる人族の男の子の声が聞こえた。
年は僕と同じぐらいだ。
名前は……思い出したくもない。
無視して家に帰ろうとすると、次の瞬間、ゴンッという音と共に頭に鈍い痛みを感じた。
「いたっ!?」
「魔族の子は出てけ! 穢れが移る!」
男の子は顔に下卑た笑みを浮かべてそう叫んだ。
どうやら石を投げられたみたいだ。
僕はなんでこんなことを言われなきゃいけないのか、分からなかった。
魔族の子、半魔であるだけで何故そこまでされなきゃいけないのか。
目に涙を浮かべながら、それで泣いてしまえば更に反感を買うと分かっていたからぐっと抑えていると、僕の家から慌てた様子でママが出てきて、僕を抱き上げ家の中へと連れていってくれた。
家の中へ帰ると、僕は悔しさと痛みで泣き始めてしまった。
「……ごめんね、ママのせいで…………」
ママは涙を流し、僕を抱きしめながらそう言った。
ママのせいなんかじゃない、そう言いたかったけど、上手くその言葉を言うことは出来なかった。
「お姉ちゃ、大丈夫?」
僕の泣き声を聞いたからか家の奥から僕の妹のレインが出てきた。
レインは僕が生まれたあと、何故か産まれた子だった。
この街に帰ってきた後にできた子だから魔族の子では無いはずなのに、何故かその容貌は半魔のものである赤い髪をしていた。
1度魔族と交わってしまったからその穢れが残っているという事らしい。
レインは僕の2つ下で、まだ言葉もちょっと舌っ足らずな感じになっているけど、それでもとっても優しい子だった。
泣いている僕に近づいてきて頭をポンポンとしてくれた。
ついさっき怪我をしたばかりでそこをポンポンされるのは痛かったけど、それでもなんだか嬉しかった。
そのあと少しして、家のドアが叩かれた。
ママは少し悲しそうな顔をしながら奥の部屋で大人しくしててと言っていたけど、僕は気になって様子を見に行ってしまった。
そこにはさっきの男の子とそのお母さんが居た。
そのお母さんは相当怒ってるみたいで、僕のママはずっと謝り倒していた。
内容を聞いてみると、どうやら男の子が僕に睨まれた、ふざけるな、という内容だった。
ふざけるなと言いたいのはこっちの方だ。
だけど、その怒りよりも、僕のせいでママをあんなに謝らせているという事が何よりも悔しかった。
だけど、ここで僕が出ていって怒っても悪い事になるだけだ。
僕は我慢するしか無かった。
…………そんな日々が何年も続いた。
ママはお昼は薬を作って、夜はどこかへ行ってお金を稼いでくれていたから、僕達は空腹に悩まされることも無く、すくすくと育つことが出来た。
お勉強もママが仕事の合間に教えてくれていた。
どうやら僕達姉妹は結構頭が良かった方みたいで、ほとんどのことをすぐ覚えることが出来た。
多分、僕達がお勉強ができるようになるたびにママが本当に嬉しそうにしてくれるから、それが僕達も嬉しくて色々覚えることが出来たんだと思う。
不自由な事は沢山あった。
理不尽な事だって沢山されたし、暴力だって沢山振るわれた。
他の人族の子供と比べたら明らかに悪い環境ではあったと思う。
だけど、幸せだった。
僕とママとレイン、この三人で仲良く暮らしている日々が、何よりも楽しかった。
不自由な事も楽しかったし、暴力を振るわれてもママが治してくれた。
環境も良くはなかったけど、ママが頑張って良くしようとしてくれていたのが本当に嬉しかった。
だから、僕は幸せだった。




