31話 問題
以前聞いていたが、リリンは人族の方へ行くのに抵抗があるのだった。
なんてことだ、ここまで来てこんなところで躓くなんて…………。
俺はひたすらに頭を抱えるしか無かった。
「う、ごめんね、順調に準備が進んでたから言い出せなくて…………準備が終わった頃にはもう覚悟が決まるかなって思ってたんだけど……駄目みたい」
リリンの表情は驚く程暗くなっていた。
少なくとも、ちょっと我慢すればいいというレベルの話では無さそうだ。
どうしよう………。
「け、けど……うん、大丈夫、何とか……何とか行くから」
リリンは鬼気迫る表情でそう小さく呟いた。
…………だめだ、これは無理をしている顔だ。
エリクサーの材料を集めるためには中々の時間が掛かるはずだ、その際ずっとこの調子ではリリンがおかしくなってしまう。
これでリリンがおかしくなってしまえばエリクサーを作ることなんて夢のまた夢だ。
しかし、何とかしようにも、俺はリリンがどうして人族の所へ行けないのかがさっぱり分からなかった。
リリンは意識していればケモ耳を隠すことだって出来るし、そうしたら殆ど人間と変わりは無い。
特に毛深い訳でもなければ何か顔の形が違うなども一切ない。
一応フードとかを被っていればそうそう半魔とばれることは無いだろう。
「リリン、言いづらいかもしれないけど……理由を教えて」
いくら自分で考えたところで分かるはずが無いので、俺は率直にリリンに聞いてみた。
おそらく色々な理由があるのだろうが、その一切を俺は知らない。
リリンのトラウマを思い出させてはいけないと思い、そういう話題から逃げていたというのもある。
が、もうそんなこと言ってられないのだ。
このままだとリリンの最大の目的であるエリクサーの作成だって出来なくなってしまう。
これは、リリンのためでもあるんだ。
俺が真剣な眼差しで見つめていると、リリンは少し目を落として語り始めた。
「本当はね、エリクサーを作るのはもっとあとだと思ってたんだ、こんなにすぐお金が集まるなんて思わないし、あのペースでいったらまだまだ貯まらないって思ってたから…………」
…………気づいていたのか。
てっきりリリンはそのことに気づかずにネロからお金を騙し取られていたのだと思っていた。
しかし、実際はそうでなかったらしい。
つまりは。
「逃げていた……って事?」
「…………」
リリンは無言で頷く。
そうかそうか…………。
「リリン」
「っ…………本当にごめん、ネムちゃんはあんなに頑張って手伝ってくれてたのに…………ネムちゃん自身も大変なのに…………僕のわがままで、こんなんになっちゃって」
「大丈夫、それより、なんでそんなに嫌なのか教えて欲しい、私も……リリンのことが知りたいから」
「……うん、わかった」
そういうとリリンは少し涙ぐんだ。
「あ……無理はしないでよ?」
「…………うん、大丈夫、いつまでもこのままじゃいけないってのは分かってたから」
「なら、良いんだけど」
リリンの為と言ってもリリンに辛い思いを強いるのは心苦しい。
ただ、これを聞いておかないと何も始まらないんだ。
俺はただリリンが話し始めるのを静かに待った。
「えっとね、まず1つ目は見た目の問題なの」
「見た目? 耳は隠れてるよね?」
「うん、そうなんだけど…………そうじゃなくても見抜かれちゃうの、ネムちゃんは記憶を失ってるから分かんなかったのかもしれないけど、街に行った時なにか気づかなかった?」
俺はその時のことを深く思い出してみる。
計2回しか行っておらず、その上他の人を見たりしたのは1回のみだが、それだけでも見つけられるほど異様なものでもあったのか……?
「正解はね……人族は髪の色がみんな黒なの」
「…………はっ、ほんとだ」
元々が日本人だからか、人々が皆黒髪をしているというのになんの違和感も持っていなかったが、よく考えてみればそれは異常なのかもしれない。
リリンを見れば分かる通り、髪の色が黒ではなく赤色だ、まさかそれで見抜かれてしまうとは…………。
「まって、それだったら私は人族じゃないの?」
よくよく考えたら俺の髪色も黒ではなく銀髪である。
人族が皆黒髪という事は、俺は人族では無いという事になってしまうが…………。
「あ、いや、それは多分普通に脱色してるだけだと思う」
「そうなんだ」
もしかしなくても白髪とかいうやつか。
うぅむ、こんな若くして全ての髪が白髪になってしまうとは……もしかしてこの体の元の持ち主はとんでもないストレスでも受けていたのか?
まぁ、とにかく、これでリリンが何故行けないかが分かった。
だが、それが全てではないだろう。
髪は最悪フードで覆い隠して見えないようにすればバレることは無いだろう。
多少危険な綱渡りになる事は確実だが、それでもできないことは無い。
「…………それで、他の理由もあるんだよね?」
「…………」
そう聞くと、リリンは本当に辛そうな顔をした。
今にも顔が崩れてしまいそうなほどだった。
俺はリリンを抱きしめた。




