20話 半魔
別に俺自身ケモナーな訳では無い。
至ってノーマルな人間だという自負はある。
だが、それとこれとは別であろう。
目の前に現れた狐を想像させる少し長めの赤いもふもふとしたその耳には万物を魅了する魔力のようなものが秘められているように感じる。
…………触りたい、誰もがそう思うようなそんな素晴らしいお耳であった。
しかし、リリンはそれを少し恥ずかしそうに隠してしまう。
「ネムちゃん、嫌じゃないの?」
リリンはケモ耳を隠しながら目を潤ませそう言った。
嫌なわけない。
というかこんな可愛い生命体を嫌いになるやつは人間じゃない(迫真)
「嫌なわけない、なんでそんなこと聞くの?」
「だって、人族は私達のこと嫌いだから…………」
悲しげにそういうリリンの顔には明らかな怯えの色が滲み出ていた。
いやいや、人族がケモ耳のことが嫌いだって?
どういうことだってばよ……。
そいつ多分人間じゃねぇよ………。
「私がリリンの事嫌いになるわけない、というか私も魔物でしょ」
「あ、そっか」
この世界の人間はケモ耳が嫌いなのかもしれないが、俺の世界ではその限りでは無い。
人権が無いとかいう人も居ないことはないが、それでも好きな人も多い。
つまりこの世界の人族では無いと言うより魔物である俺がリリンを嫌いになる道理はない。
安心してはにかむリリンを見れば、やはりどうやっても嫌いになれるような気はしなかった。
「よ、良かったぁ、ネムちゃんとはずっと3人で一緒に居たかったからいつかは見せなきゃとは思ってたんだ。けど、嫌われちゃったらどうしようって思って中々見せれなかったんだよね……」
「嫌いになるわけない、大丈夫」
「えへへ、ありがとう」
俺がそういうだけでこの喜びようである、となるとケモ耳、いや、獣人という存在は相当嫌われているのだろう。
リリンが言うにはリリンの様な存在は獣人では無く人族の間では半魔、魔族の間では半人と言われているらしい。
互いに相手の事を罵りあっているみたいだ。
とりあえずは便宜上半魔と呼ばせてもらう。
半魔は人族と魔族の間に産まれた子であり、基本的には差別の対象らしい。
リリンはその中でも人族の血が濃いためこういった人間にケモ耳が付いたような姿になっているそうだ。
そうするとネロが何故リリンから薬を買ってくれるのかという疑問が出てくる。
ネロも人族なわけで、半魔が差別されているのならネロが薬を買ってくれるのにはそれなりの理由が必要なはずだ。
…………まぁ、十中八九金の為だろう。
差別されているとはいえ上質な薬を持ってきてくれるかもを逃がすわけにはいかないのだろう。
リリンも色んなところに頼んで買ってくれるところがネロの所だけだったと言っていたし、そういうことなのだろう。
「リリン、分かってるかもしれないけど、このままネロに薬を売り続けてもエリクサーは作れない。大変かもしれないけど、別のやり方でお金を稼ごうよ」
「…………」
俺は思いきってその提案をしてみた。
俺がいるからまだ何か効率の良い事が出来るかもしれないが、そうだとしても時間が掛かりすぎる。
というか、このままではエリクサーを完成させることは不可能だ。
いくらレインが今のところまだ生きているとはいえ、今後何年もこのままにしておけるという確証もない。
…………まぁ、俺が思うにエリクサーを使って何とか治すことが出来たとしても元に戻ることは無さそうだが。
とにかく少しでも可能性がある以上エリクサーを作って使うというのは確定なんだ、ならば確実に作れる方法を模索していかなくてはならない。
だから俺はリリンにその提案をしたのだが、リリンは少し困ったような顔をした。
「う、けど、おじさんの所じゃなかったらご飯も食べれないし、まずほかのところだと買ってくれないし…………」
「だけど、このままだとエリクサーは作れないよ?」
「うぅ…………」
少し厳しいことを言うようだが、リリンのためなんだ。
俺は痛む心を何とか無視して言葉を続ける。
「レインを生き返らせたくないの?」
「…………生き返らせたい」
「じゃあ……」
俺が言葉を続けようとすると、いきなりリリンが俺の懐に抱きついてきた。
その顔は見えなかったが、俺には泣いているのがよくわかった。
「ネムちゃん、僕、辛いよ、なんで僕がこんな目に遭わなきゃいけないの?」
その声は震えていた。
俺は憤りを感じた。
「リリン、大丈夫、私が居るから」
俺のやりたい事とは違う、というか真逆だ。
リリンと居ると言うことはそういう事だ。
しかし、俺の心はそう発した。
リリンとはそこまで長い時間居た訳では無い。
が、それでも何故かリリンとは長い間一緒に居たような感覚がある。
俺はリリンを助ける。
これを心から思った。




