17話 理由
俺が連れていかれたのは、俺が最初に目覚めた場所であった。
苔のようなものが大量に生えており、ごちゃごちゃとしている。
「リリン、ここに何かあるの?」
「うん、まずネムちゃんが元々居た場所でしょ?」
「うん、そうだね」
「ここはなんか特別な場所みたいでさ、ここに居るだけで体が回復していくみたいなんだ」
そうだったのか。
それを聞いたらなんだか少し納得出来た。
俺の体は死体にしては明らかに綺麗すぎた。
リリンの言っていたことが本当なんだったら俺はこの場所で長い間眠っていた、恐らく死体になっていたのだろう。
そうなると確実に体は腐敗していくだろうし、今のこの体があるという事が不思議だったのだ。
「……つまり、リリンは私の為にここに居たってこと?」
「うーん、それもあるけど……うんしょ、ちょっと待ってね?」
リリンは部屋に置いてあった1つの綺麗な壺のようなものを俺の元に引っ張ってきていた。
「あ、言ってくれたらそこまで行ったのに」
「いいよいいよ、それより……はい! これが私のやらなきゃいけないこと!」
そう言ってリリンは壺の口を閉めていた蓋のようなものをポンッと取った。
その瞬間だった。
俺の、もう止まっているはずの心臓がドクンと拍動したかのような感覚に襲われる。
そして、俺の瞳はその壺の中身に釘付けにされる。
まるで、瞼の裏にそれが焼き付いてしまったかのように、瞬きをしてもそれが常に頭に浮かぶ。
手を伸ばした。
既の所まで近づいているそれは、少しでも手を伸ばせば手に入りそうな、そんな感じがする。
触れてはいけない、何故かそんな思いが脳裏に浮かぶ。
なんで?
こんなに魅力的なのに、なんで俺はこれに触れてはいけないんだ?
良いじゃないか。
辺りがぼんやりと霞む。
この世に俺とそれしか無いような、そんな感覚に陥る。
……ゃん!
何かが聞こえた。
……ちゃん!
それでも俺は手を伸ばし続ける。
しかし、何かが絡みつくようにしてそれ以上動くことが出来ない。
更に力を入れ、それに触れようとする。
……ネムちゃん! しっかりして!
「ネムちゃん!」
「………………んぁ、あれ?」
その瞬間、視界が開ける。
思考にかかっていたモヤが晴れ、全てがクリアになる。
「あれ、私は何を?」
「覚えてないの? ネムちゃん、レインちゃんを見てからなんかボーッとしちゃってたんだよ?」
「レインちゃん?」
聞きなれない単語に思わず聞き返してしまう。
だが、その瞬間、頭の中に残っている記憶が呼び起こされる。
『はい、これがレインちゃんだよ!』
リリンが壺の中身を指してそう言っていたのを思い出した。
俺は視線をそこにやった。
…………目が合った。
黒くぽっかりと空いた2つの穴の中で、少しの光を反射してたぼんやりとした白い影が、こちらを見つめていた。
「っ、これは?」
「レインちゃん、僕の可愛い妹だよ!」
「…………」
そこに入っていたのは、紛れもない。
死体だった。
アンデッドである俺なんて比じゃないくらいにぐちゃぐちゃで、バラバラにされ、乱雑に押し込まれた四肢の上に頭だけがポツンと乗っかっていた。
元々目があったはずの場所は陥没していて、その奥に眼球がころんと落ちていた。
妹、リリンはそう言っていた。
たしかにそれからは赤い髪の毛のようなものが付いており、それはリリンの髪の色と酷似していた。
「レインちゃん動けなくなっちゃったみたいなんだよね、だけど、ここに居たら調子がいいみたいなの! だから、私がレインちゃんを治すまで一旦ここで寝てもらってるんだ!」
調子がいい、というかこれ完全に死体じゃ……。
そう思い、俺は再度壺の中身を見て戦慄した。
…………よく見ると、時折ピクリと痙攣をしてみせている。
それによって気づいてしまった。
これは、生きているということに。
嘘だろ、この状態で生きているなんて…………。
人の形を留めてもいなければ、ほとんど腐っているようにさえ見える。
嗅覚も良くきいていない為よく分からないが、恐らく酷い匂いがするだろう。
顔だってうっすらと原型は留めているものの、肝心のその中身が外に飛び出ていたり、所々がかけていたりと、少なくとも生きた人間のようには見えない。
しかし、それでも時折動きを見せる。
確実なる生命の鼓動を感じさせる。
俺の中に底知れない気持ち悪さと恐怖と共に、リリンへの心配の気持ちが沸きあがる。
リリンはこんな惨状を見てもなおにこにことした様子で壺の中にポーションのようなものを注ぎ込んでいた。
「レインちゃん、早く元気になってねー!」
リリンはそう言って特に気にした様子は無い。
俺は何も言えなくなってしまった。
恐らくレインはリリンがこうやって治療をし続けているから何とか生きているのだろう。
ここでやらなきゃいけないというのはこのレインの治療、そしてこの場所は居るだけで常に回復するためレインをここから動かす訳にはいかない。
だからリリンもここから動けない、という事なのか。
思っていた以上に壮絶だったリリンのやらなきゃいけないことを知ってしまい、俺はリリンになんて声をかければいいのか分からなくなってしまった。




