12話 ご飯
今まで俺は男として生きてきた。
口調に至っては族に言う男らしいとかいう現代の社会にはそぐわないような表現にて形容されるそんな口調だったはずだ。
「あぇ、わ、私、なんでこんな口調に……って、え、私?」
「ん? どうしたの?」
リリンは不思議そうにこっちを見る。
どうしたも何も、口調どころか一人称まで変わってるじゃないか。
「俺は男なはずだ、うん、そうだ、そうに決まってる」
意識してそう口ずさむと俺という一人称を発することが出来た。
だが、意識しないとすぐに自分の一人称も口調も元に戻ってしまう。
……もしかして、元々のこの体の持ち主の口調が出てきてしまっているのか?
見た目は痩せていることを除けば可愛らしい女の子なので、そう思えばこの口調は違和感は無いが……うぅむ、全くもってアルゴリズムが分からない。
思考や記憶に異常は無い。
元の人物の思考や記憶が混ざったりすることは今のところは一切なかった。
無意識な所だけがそうなっているのか、はたまた口から出る言葉だけがおかしいのか……。
要検証だな。
そうやって困惑している俺を見てリリンは少し心配そうにしていた。
「ねぇ、喋るのが嫌なんだったら無理して喋らなくても良いんだからね? 僕、ネムちゃんが嫌がってまで話したくないよ…………」
「だ、大丈夫、リリンは優しい、ね」
純粋に俺の事を心配してくれているリリンが可愛くてしょうがなくてついつい撫でてしまう。
リリンは少し照れくさそうにしながらもはにかみながらえへへと笑っている。
「それじゃ、とりあえずもう一度喉を見せてもらってもいい?」
「ん、いいよ」
俺は先程と同じようにもう一度喉をリリンに見てもらう。
「…………完全に治ってる訳じゃなさそうだね、筋肉も衰えてるみたいだし、ちゃんとケアしないとまたすぐに声が出なくなっちゃいそうだね」
「そうなんだ」
今まで割とハキハキとした喋り方をしていただけあってこの少し落ち着いた感じの喋り方はなんだか違和感を感じてしまう。
しかし、ハキハキした喋り方をしようにもかなり意識しなくては駄目だし、普通に喋る時にそこまで意識できるかと言われると難しいだろう。
あー、むずむずする!
「じゃ、じゃあさ! とりあえず質問を…………」
リリンが意気揚々とそう言い始めたところで、リリンのお腹から小さな音でぐぅと鳴った。
まぁ、もう夜も遅くなってきたわけだし、太陽の光も無くなってこの薬草畑もかなり暗くなってしまっている。
お昼ご飯からも結構時間がたった事だし、仕方が無いだろう。
それにしても可愛い。
リリンは少し恥ずかしそうにお腹を抑えた。
「えへへ、ちょっとお腹減っちゃった、質問の前に先ご飯にしよっか!」
「うん、そうしよう」
リリンはさっきネロから貰った紙袋を持ってきた。
そこからは何個かのパンが出てきた。
そうか、その紙袋には食べ物が入っていたのか。
なんだか少しそれを食べるのは不安だが、今までも食べてきているのだろうし、多分今回だけダメなんてこともないだろう。
「あれ、今回結構量多いな……あ、もしかしておじさん、ネムちゃんの分まで入れてくれたのかな!?」
「ぇ、そうなの?」
「うん、ちょうどいつもの倍くらいの量があるよ、やっぱり優しいなぁ」
…………うーーん。
なんだろう、これだけ聞くと本当に優しいおじさんなんだけどな。
まぁ、俺はお腹が減ったりもしないし、食べ物の味も分からないからご飯を食べる必要は無い。
僕の分のパンはリリンに食べてもらって、まぁ、最悪残ったりしたら残飯処理は俺がやろう。
「リリン、私、ご飯食べなくてもいい、よ」
「えぇー、こんなにあるんだから食べようよー! 今日の朝ごはんも食べてないじゃん!」
「や、お腹減ってないし」
「…………アンデッドだからなのかな……けど、ネムちゃん、アンデッドだからといって食べ物を食べないと動けなくなっちゃうよ?」
「え、そうなの?」
それは初耳だ、お腹も減ってないからてっきり何も食べなくても動けるものだと思っていた。
「うん、それに、アンデッドに関わらず魔物とかはご飯を食べればその分力になるみたいだし、食べた方がいいよ!」
はい、出ました魔物。
これでこの世界が完全にファンタジーな感じの異世界だということが確定いたしました。
それにしても、ご飯を食べれば力になる……か。
今はかなり体を動かしにくいわけだし、これが解消されると言うならそれに超したことは無い。
だが、今は俺よりもリリンだ。
俺の目標はリリンを助けた後、最高の気分で眠りにつくに変更されたわけだ。
だからこそ、リリンにはしっかり食べてしっかり成長して貰わなくてはいけない。
「私は残り物でいいから、リリンがいっぱい食べて、私、いっぱい食べる子好きだよ?」
「っ!? そ、そっかぁ! 分かった! じゃ、じゃあ食べる!」
そう言ってリリンはパンを食べ始めた。
うんうん、いい事だ、この調子でいっぱい食べてしっかり育っておくれ。
そう思いながら微笑ましい視線を俺はリリンに送った。




