1話 新たな一歩!
吾輩は社畜である。
名前は羽田頼太。
就職1社目にして業界屈指のブラック企業に入社してしまった不運な男だ。
入ったらやめられない、それどころか会社から出られない。
そんな漫画ですら見た事がない意味がわからないほどのブラック企業である。
そんな企業なんてすぐに逃げ出してしまいたいと思うのが普通だろう。
俺も最初は逃げ出そうとしていた。
現に先輩などの話を聞く限りでは逃げ出すことに成功している人も何人かは居るらしい。
だが、その数は極端に少なかった。
その理由はこの会社に強い力で縛りつけられて逃げ出せないからでは無い。
真の理由は社内の至る所に貼り付けられたポスターが原因であった。
『 成果を出せば昇給』
この文言が記されたポスターが至る所に貼り付けられているのだ。
そして、俺達は知っていた。
俺達の上司がびっくりするほど裕福な暮らしを送っていて、仕事量も俺達と比べれば明らかに少ないという事を。
その暮らしぶりを見ていると、今頑張って仕事をすればあの生活が出来るのでは無いかと思い、社員は死ぬ物狂いで働くのだ。
そして、俺もその社員の一員であった。
不眠不休は当たり前、会社から支給されたパソコンを何台も同時に使い、一人で何人分もの仕事をし、貪欲に仕事を欲する。
そして、上司には媚びを売り、少しでも仕事の成果を認められるように頑張った。
そんなことを続けているうちに俺は遂に狂った。
人間慣れとは恐ろしいものだ。
初めのうちの気持ちは何処へやら、俺はこんな会社に慣れてしまったらしい。
この会社に務めて数年間がたった今、仕事をこなす事に働きがいとかいうものを感じ始めていた。
そうして俺はこの会社にとって最高に都合のいい社畜になった。
社畜になってから俺の仕事は苛烈を極めた。
文句を言わずに楽しく仕事をしている様子を見てか仕事量は更に増え、体はどんどんと消耗していった。
そんなある日、俺は遂に頭の中で声が聞こえるようになった。
『お主は人間の身に余るほど働いておる、それはなぜじゃ?』
こんな言葉が聞こえた。
あぁ、ついに幻聴でも聞こえ始めたか、まぁ、連日徹夜が続いていたから仕方が無いか。
それにしても、人間の身に余るほど働いている……か、まぁ、そうだな、自分でも自分が明らかにおかしいほど働いてるということには気づいてるさ。
だけど、昇進したいんだ。
俺はただひたすらに、昇進したいだけなんだ。
『それがお主の願いなのか…………?』
あぁ、そうだ、俺は昇進が…………。
そこで気がついた、俺は昇進がしたい訳じゃない、裕福な生活がしたいだけなんだ。
俺の仕事の手が止まる。
自分の手を見てみると、薄汚れ、パソコンの色が付き変色し、まともな食事をとっていないからか骨が出て酷い有様だった。
そうか、俺は裕福な生活がしたかったんだ。
『裕福な生活……本当にそれがお主の願いなのか?』
…………考えてみれば裕福な生活をするって言っても色々あるな。
俺はどんな生活がしたいんだ?
少し考えると答えはすぐに出てきた。
「…………俺は、働きたくなかったのか」
昔のことを少し思い出してみた。
学生の頃、俺の口癖は「働きたくないでござる」だった。
だが、俺はこんな会社に来て働いている。
…………理想の暮らしを求めるあまり俺はその理想からかけ離れは行動をとっていたのか!
俺は机に手を付き立ち上がった。
周りの人が驚いたようにこっちを見る、が、すぐさま視線を外し自らの仕事を進め始める。
正気に戻った俺の目にはその様子は非常に異様な様子として映る。
俺もさっきまではこんな風だったんだな……幻聴さん、気づかせてくれてありがとう、俺、目覚めたよ!
『…………じゃあ、お主の願いは働きたくないって事で合ってるのか?』
ん? あぁ、そうだな!
まだ居たのか幻聴さん。
『いや、まだ居たのかて……てか幻聴じゃないし……』
ふふ、面白い幻聴だな、というか幻聴ってつまり俺が考えたことなわけだろ?
つまりそれって俺が面白いってことじゃん、いいね、最高だ。
『あーもう! 聞け! 幻聴じゃない!』
…………?
『うー、こいつ…………』
あー、なんか、ごめん?
『あーもういいよ…………って、あ、キャラが…………コホン、お主の願いは働きたくないということじゃな、お主は人との身に余るほど働いておった、褒美としてその願いを叶えてやろう!』
不思議な事をいう幻聴を聴きながら僕はつかつかと廊下へと歩いていく。
『おーい、無視するなー?』
「あぁ、分かってる分かってる、願いを叶えてくれるんだってな、ありがとう! それ以前にこの会社の洗脳から解いてくれてありがとう! 俺は新たな一歩を踏み出すよ!」
『あー、ダメだこれ、話にならん、さっさと転生させよ』
僕は廊下に出て新たな一歩を踏み出した。
これから俺はこの会社から抜け出して新たな人生を始めるんだ!
そう思い僕は2歩目を踏み出そうとした瞬間……目の前に見慣れたタイルが現れる。
…………ん? これは会社の廊下のタイルじゃ無いか、なんで目の前に?
そう思った瞬間、顔全体に鈍い痛みが走った。
『お主の願い通りにお主を……私の知る中で1番働いていない人間に転生させる!』
俺が最後に聞いたのはそんな言葉だった。